勇者の子は沈黙したい

ゼインは塀からぴょんと降りると、徐に、地面に落ちてる小石を拾った。
どこからか微かな風が吹く。
ゼインの髪の毛がふわっと浮いた。
と、同時に、ゼインの持つ小石も、掌の上の宙を舞っていた。

この目の前にいる男が本当に勇者の息子なら--。

それは一瞬の時間。
彼の掌の上、そこに小石はなかった。
ただ、空高くに鷹の声が響くだけだった。

宙に浮いた小石は、目にも見えぬスピードで真っ直ぐに、しゃがんでいるレオ・アルバートの額めがけて飛んで行き、命中し、額からは一筋の血が流れる--はずだった。
勇者の息子に一泡吹かせてやるはずだった。
のだが。

「なあ、ゼイン」

勇者の息子は何一つ表情を変えず、ゼインを真っ直ぐと見上げた。
額には、傷一つも見当たらなかった。

外した?!
そんなはずがない。
俺の命中率は百発百中だ。
なら何故だ。避けた?そんな気配は見えなかった。
一体何が起こったんだ!?

「これ、なんだか分かるか」
「はっ…はあっ?」

動揺のあまりゼインは喉の裏から声が出た。
背中に流れる冷や汗は、決して勘づかれてはならないと思った。
レオはそんなこともいざ知らず、地面に再び視線を落とす。
そこには、小さな穴が開いていた。

「アリの巣…だろ」
「そうだ、これを見ろ」

レオは小さな穴を指差した。
そこからはその穴よりも小さな黒いアリが、せっせと何かを運んでいた。

「このアリはな、俺の大切な家の塀に穴を開け、外に出てっている。…こんなことが許されると思うか。俺の大切な家だぞ」
「……」

嘘だろ、とゼインはたじろいだ。
まさかこの男、アリを観察していたのか?
このだだっ広い敷地の隅の隅っこで、膝を抱えてアリ観察だと?