「加瀨…あの。」

「…怖かったな。」

いやあの…?どうしよう?加瀨の背中に手を回して背中を叩く。

「あの、言い方が悪かったのかな?え~と、父親とは直接会っている訳じゃないんだよ?」

加瀨は体を離すと、私の顔を覗き込んだ。

「あいつは私の連絡先は知らないし、会いに来るって言っても、このマンションの下のインターホン越しで、しかも居留守を使うから直接会話した事無いもん…それで後であいつにお金を送金しているだけなんだ。このマンションもね、賃貸でお義母様から借りているって嘘をついているし、私のお給料から渡せるお小遣い程度しか渡してないから…さほど実害は無いんだよ?」

加瀨はキョトンとした顔をした後

「それでも子供にたかりに来ているには違いない。」

と表情を強張らせている。おまけに

「1人でこんな広いところで生活させておくのも心配だな。いや、セキュリティー面ではここの方が安全なのか?でも、通勤の行き帰りが心配だな…。」

とかブツブツとそんなことまで言い出した。いやそれ本当に『彼氏』がする心配みたいだし?

「加瀨がそこまで気にする必要はないよ?それにお見合いだけ上手く避けられれば別に彼氏のフリしなく…ても…。」

加瀨が段々と怖い顔になってきた。初めて気が付いたよ。イケメンの真顔でおまけに半眼って作り物の彫刻みたいでそれは恐ろしい、無の顔になるのだね…。

「彼氏のフリは俺にとっても都合がいい…あ、ていうか…その方が有難いっていうか。」

私はピーンと来た。

これアレだよね?嘉川との叶わぬ恋のカモフラージュというか、私という偽物を隠れ蓑にして本命の嘉川を心の中で思い続けたいっていう偽装工作じゃないかな?

そうだよね?絶対そうだ。

私は加瀨の手を取った。加瀨は何故か慌てている。耳が赤い…あ、女子に手を握られるのは気持ち悪いのかな?

私はパッと手を放してから加瀨を見詰めた。

「大丈夫だよ。どんどん偽装に使ってもらって構わないから!崇高な想いだよね~うんうん、分かっているよ。つぶさに観察させておくれ!」

「何かよく分かんねぇけど…相笠の彼氏のフリ、しててもいいの?」

「勿論だよ~彼氏でも恋人でも何でも来い!」

加瀨が私の肩を掴んで来た。あれ?女子の体に触るの苦手ではないの?あ、私は女子枠じゃないのかな?

「恋人でも…その、旦那でもいいのか?」

「へ?だ、旦那?う…ん?」

旦那ということは結婚?一瞬ためらったけど、別に誰とも結婚する気も無かったし…加瀨が旦那となるとこれからも悲恋や片恋を間近で観察出来ることになるだろうし…私的には一石二鳥どころか三鳥かな。

「ま…まあ加瀨が他に(偽装)結婚相手が見つからないんなら協力してあげ…。」

「そっそうか!やった!ありがとうっ。」

…めっちゃ喜んでしまっている。今更、他にどうぞ~と言う訳にもいかなくなった、まあいいか。

彼氏のフリの信憑性を高める為に偽装同棲をしないか?と加瀨に提案されて、これまた24時間加瀨の悲恋の一部始終を観察出来ると思い、了承するとあれよあれよと、私のうちに引っ越してくることになった。

まあ部屋は思いっ切り余っているし、心行くまで嘉川への熱い想いを私の側で吐露してくれたら家賃はチャラでいいよ…と言っておいた。

色々話し合った結果、光熱費と食費代は折半という形に落ち着いた。

「兎に角、明日のお見合いには絶対行くなよ?」

「でも、お母様とお手伝いの喜代さんが朝から来ちゃうし…。」

加瀨は暫く考え込んだ後、

「夜分だけどメッセージを送ってみれば?もしかすると先ほどのやり取りをお兄さん達が連絡しているかもだし?」

とか言っているとピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。

下の門のインターホンじゃない…直接と言う事は…。私はインターホンの画面に走り寄った。

「お義母様とお義兄様…!」

加瀨も画面を後ろから覗き込んでいる。

「夜中に来襲…。」

私は家の玄関を開けて元家族を招き入れた。

「……。」

無言が恐ろしい。

お義母様は加瀨が渡した名刺を受け取ってから、ものすごい目で加瀨をジロジロと見ている。

「…で。」

お義母様の声で体がビクンと跳ねた。

「加瀨 拓海さん。貴方は千夏と将来を見据えたお付き合いをしている…と思って差し支えないかしら?」

「はい、そうです。」

「千夏は嫁入り前よ、節度あるお付き合いをされているのかしら?」

また言ってるー!貴司兄と同じこと言うなんてさすが親子ー!

「はい、誓って指一本触れておりません。」

うん、それは間違いない。なんて言っても偽装交際だしね。

お義母様は大きく頷いた。

「千夏の父親の事はご存知?」

「簡単には聞いています。」

お義母様は私を見て心配そうな顔をした。

「父親も…だけど、この子にストーカーが…。」

ぎゃっ!お義母!

加瀨が驚愕の表情で私を見た。

「…ごめんっ!大学の時の彼氏が…その…。」

貴明兄が

「あれは千夏にたかる(うじ)と一緒だ!」

貴司兄が

「千夏の金を当てにした屑だ!」

と、義兄達は叫んだ。

「相笠…聞いてない…。」

「ゴメン…今は押し掛けたりして来ないから、大丈夫かと…。」

加瀨が私の手を握ってきた。私も握り返した。うん、うん…ゴメンよ。驚かせて…。

加瀨は私の手を擦りながら顔を覗き込んできた。

「今日から泊まり込んでおこうか?」

加瀨っ?何でそうなる?!お義母様達も驚いて仰け反っているじゃないか!

しかもあんた指一本触れておりませんって言いながら、今、手を握っちゃってるよー!