にじいろの向こう側





圭介さんの話を聞いてから一斉に動き出した、旦那様と奥様を迎え入れる準備。



こう言う時って、本当に時間が経つのが早くて。



あっという間に、日付は変わって、到着予定時刻になってしまった。


「…大丈夫かな。」


一通りチェックを終えた圭介さんが、溜息をつく。


「咲月ちゃんは、初めてだから、お着きになったら、奥様のお着替、私についてね。」


背中をポンって叩く坂本さんの掌が私の中の緊張を少しほぐしてくれる。


「お二人とも、お優しい方だから、大丈夫よ。」


ふふって笑う坂本さん。


「だね。まあ…どっちかっつーと…。」


ニヤリと笑う涼太さんに「涼太、それ以上言わないで」と圭介さんがまた眉を下げた。

そ、そんなに恐い人なのかな…その執事の方。


心配になって、圭介さんを見たら私の考えてる事が分かったのか、苦笑い。


「まあさ…何ていうか、ユニークな人?」


確かに、圭介さんは、時間は正確でもちろん、色々な事に細やかに手がまわってて、正当派な感じはするけれど…。

首を傾げたら、涼太さんが楽しそうに笑う。


「圭介さ、いっつも言われてたんだよ。『お前はつまらん。それじゃ一人前とは言えないぞ』って。」


つ、『つまらない』…?


「執事の『面白い』ってどう…」

「咲月ちゃん、俺は今、この戸惑いを分かち合ってくれる咲月ちゃんと猛烈にハグしたい。」

「えっ?!」

「いや、そんな事実際にしたら、確実に職を失うからしないけど。」


私達のやり取りに、坂本さんと波田さんが面白そうに声を出して笑う。


「まあさ、俺らでちゃんとフォローすんから。」
「涼太、ありがとう…頼むわ。」


いつも堂々としてて、落ち着きを払ってる圭介さんがこんなに自信無さげにするなんて、一体どんな方なんだろう、その執事の方って…。


不思議そうにしている私に苦笑いの圭介さん。


「ごめんね?考える事が増えちゃって。」


そう言うと、「そろそろ、出迎えに外行くわ」って出て行った。







程なくして、圭介さんから


『戻られた』と言うメッセージが送られて来て


緊張する中、坂本さんと共に、玄関へとお出迎えに出た。


「いや~久しぶりの我が家だな…。」

「本当ね…坂本さん、いつも留守をありがとう。」


下げた頭の斜め前から聞こえる二つの声。


瑞稀様の…お父様とお母様。


そう思ったら、鼓動が早く強く駆け巡った。



同時に脳裏を瑞稀様の笑顔が過る。


…しっかりしなくちゃ。


メイドとして、しっかり職務を全うする事が、今、私に出来る精一杯なんだから。


「旦那様、奥様。こちら、新しく入ったメイドでございます」



坂本さんに促されてあげた視線。その先には面影がどことなく、瑞稀様に似てる女性と真人様の様な雰囲気を纏った男性。

緊張で少し身体の中から震えが起こった。




「…っ鳥屋尾と申します。よろしくお願い致します」

「話は聞いてたけど、秋から居て…中々長持ちしてる方か?」


はははって笑う旦那様に、奥様が少し苦笑い。


「あなたったら…。ごめんなさいね?
私達、出掛けてる事が多いから、瑞稀の身の回りの事、よろしくお願いします。」


柔らかい笑顔が瑞稀様に重なる。


「鳥屋尾さん?」


思わず返事が遅れたら、表情をそのままに小首を傾げる奥様。


「あ、も、申し訳ございません。」

「緊張してるな。坂本さん、俺達が恐いって吹き込んだな。」

「いえ、私はそのような事は。」

「だよね!坂本さんより恐い人、ここには居ない!」

「もう…あなたったら。」


楽しそうにしている旦那様をまた、たしなめる様に、そっと、腕を触る奥様。


「まあ、こんな感じだから、あまり緊張せずにね?」


また瑞稀様そっくりな柔らかい笑顔を向けて下さった。


お優しそうな方達で良かった…。


でも、そうだよね。
あの瑞稀様をお育てになったお二人なんだから。


「所で、伊東はどうした?」

「恐らく、薮を捕まえて楽しんでるんでしょう。」

「全く相変わらずだな。主人より、後輩か。」


面白そうに、一度二人で玄関の外を振り返ってからリビングへと入って行った。


伊東…さん。
噂の『執事』さんかな。


「おー坂本さん!久しぶりですな!」


少ししわがれた声がしたと思ったら、玄関から恰幅の良さげな白髪まじりの男性が入って来る。

この人が…伊東さん、だよね、きっと。


「ご無沙汰しております、伊東さん」
「いや~。やっぱりいいですね、坂本さんのいる空間!」
「またそのような事を…。」


眉を下げた坂本さんから私へと目を向けた。


「こちらが…。」
「はい、新しく入ったメイドでございます。」
「ほお、随分可愛らしい方ですな。」


正面に立つと、ジッと少し顔を近づけて、鼻眼鏡を直す。


「あ、あの…鳥屋尾咲月と申します。よろしくお願い致します。」

「…鳥屋尾さん。」

「は、はい」

「瑞稀様とはどうなりました?」

「伊東さん!」


後から入って来た圭介さんが慌てている。


「いや、冗談ですよ、冗談!全く君は、相変わらずジョークが通じないな。」

「伊東さん、何言ってるの。それはセクハラって言うのよ!」


坂本さんが飽きれた様に言ったら楽しそうに笑う伊東さん。


「や、すまなかったね、鳥屋尾さん。じじいのジョークとして流して下さい。」


鼻眼鏡越しにウィンクするその表情。
けれど、その瞳が思いのほか真剣な気がして


もしかして…見透かされている?と直感的に思った。


「おおっ!波田さん!お久しぶりですな。いや、すみません。運びます」


お茶のワゴンを運んで来た波田さんに陽気に手を振りながら近づいてく後ろ姿を見てたら、ポンって肩を叩かれた。


「…ごめん、絡まれたね。」


苦笑いの圭介さんに思わず含み笑い。


「あれが、噂の方ですね。」

「圭介さんとはだいぶ種類が違うでしょ?」


その横で坂本さんが楽しそうに笑う。


「そうですね。」

「もー二人とも…まあ、とにかく、あんま絡まない様に話すから」


どことなく疲労感を纏った圭介さんの後を二人並んでリビングへとついて行った。