にじいろの向こう側






残ってる仕事を片付けようと、早めに起きた朝

ふと窓の外を見たら、咲月が門の周りを掃除してた。


マコはまだ寝てるし…会いに行くチャンスかも。



そう思った時にはダウン羽織って部屋を後にしてたけど、行ってみたら、引きずられる様に涼太に温室に連れ込まれていて


頭に花、飾ってもらってる。


…まさか、俺が言った事、理解してなかったわけじゃないよね、あの時の反応からして。
と言う事は、それを承知でさして貰ってるんだ。

戸惑いがちに涼太を見上げている咲月を見て溜息付いてたら、咲月の背中越しに涼太と目が合った。


わざと…ね。


まあいいよ。
どっちにしてもさ、咲月が花をまた挿してもらってる事には変わりないんだし。
そもそも、そんな目くじら立てる程の事でもないし。



涼太に促されて振り返ると俺の元へと慌てて駆け寄って来る咲月。


「あ、あの…お、おはようございます…」

「おはよ。随分可愛い花、付けてもらったね。」

「も、申し訳ございません…。」

「別に、謝る様な事じゃないでしょ?」


早口に言い返したら咲月の瞳が揺れる



あ~…もう。
何でこんなイライラしてんだよ、俺は。


「…とにかくさ、俺、仕事したくて早く起きたんだよ。まだ薮も起きて来る時間じゃないから、お茶いれてくれる?メイドさん…」


少しやり過ぎだって後悔して、落ち着こうと出来る限り落ち着いてゆっくりと声をかけながら、手をその頭の上に伸ばした途端


「あっ!めっけ!おはよ~ってあれ?咲月ちゃん、頭!可愛い!」


…マコが登場。


忘れていたけど、この人、結構早起き得意だったな。


咲月の頭に乗っける前に咄嗟に掌を下ろした。


「おはようございます、真人様。」

「うん、咲月ちゃん、おはよ!もー起きたら瑞稀、が居ないからさ。探しに来ちゃった。」

「そうでしたか…あの、真人様もお茶を飲まれますか?私、仕度をして参りますので。」

「ほんと?寒いからありがたいかも!ね?瑞稀!咲月ちゃんありがとう!」


俺より一回り大きなマコの掌が、くしゃっと少し乱暴に咲月の頭を撫でた。


「い、いえ…あの…はい。」


戸惑いながらも頭の上には掌のっかったまんまで少しの笑みをマコに返す咲月。


その光景にドクン…と大きく脈打った。


何だ…これ。

今、もの凄く『嫌』だ。



目の当たりにしてる光景は主人がメイドの頭を撫でている、それだけ。


それなのに、身体中がギュウッて締めつけられて息苦しさと目眩を少しだけ覚えた。


その後襲って来る虚無感。
どうしようもなく気持ちが冷めていく。


…所詮、こんなもんだ。
どんなに想った所で、誰の中でも、俺はマコには届かない。



「ほんとによく似合ってるよ!その花。何?涼太に付けて貰ったの?」
「はい…」
「あ、俺、お茶入れるの手伝おっかな!たまには瑞稀にお茶入れてあげたい!」
「い、いえ。私がやりますので…「いんじゃない?マコは暇らしいからさ。」


断ろうとした咲月に思わず被せ気味に出た言葉。

遠目で見守ってた涼太の目が見開いたのが分かった


そりゃそうだ。
俺だって、自分で言っといて、自分に『何言ってんだよ』と思ってる。


「俺…仕事あるから、先に部屋に戻ってるよ、マコ。お茶よろしくね。」


咲月の横をただ通り過ぎる瞬間に発した言葉


「咲月も忙しそうだし、暫くネクタイ結びに来なくていいから」


心の中がギュッて握り締められたみいで息苦しくてたまらなくなった。

…マコに頭撫でられて、咲月がそれを拒否しなかったってだけの事
そんなに怒る程の事でもないはずなのに

どうしても…嫌だった。

こんな感情、初めてで
自分がこう言う所が、凄く未熟だったのだと気がついた。

まるで…オモチャを取られ、拗ねる子供が如く、矛先を咲月に向けた。

今まで、一度も無かった、こんな事。
別に俺に興味を抱いてくれなくても良い。“マコのが好き”そう言われた所で、「ああ、そう」とそれだけだったはずなのに。


いや…別に咲月がそう言ったわけでもない。
けれど、マコと咲月の、こう言うやり取りが今後続いていけば、未来は自ずと予測出来てしまう。


…“俺は、マコには勝てない。”


「あ~あ…。」


部屋に戻って、乱暴にダウンを脱いだら、そのまま椅子に深く腰掛けた。


ほんと、何やってんだ、俺。
そんな、勝手な予測と感情で、咲月からまた仕事を取り上げた。


『ご主人様のネクタイを結ぶのはメイドとして名誉な事ですから』


咲月が傷つくとわかっていて『主人』って権力翳して…。

本当に、どうしようもない。

笑顔が好きとか思っといて傷つけるって…サイアクも良い所だろ、俺は。