小夜がこの屋敷に来て1ヶ月程経った。


『涼太、花の差し替えよろしく。』


瑞稀がここへ帰って来る夜には必ずこうやって圭介からメッセージが来る。

まあ…仕方ないとは思うけど。


花瓶に差し替える花を持って部屋を訪れたら、案の定。


ムスッとしながら机に顎を置いてスマホ弄ってる瑞稀の姿。


「…今日も?」


耳打ちした俺に圭介が眉を下げて苦笑い。


「今日も。」

「…聞こえてます、お二人さん。」


スマホを見たままの瑞稀の声色は不機嫌全開。


「…そんなに不機嫌になんなら、別に会いに行きゃ良いじゃん、咲月の部屋に。」


サラッと行った俺に、圭介が慌てて腕を引っ張った。


「涼太、それ、禁句だから。」

「何、もしかして、拒否られてんの?」

「だっ!しーっ!」

「や、だから、聞こえてる、二人の内緒話。
と言うかね?拒否られてるんじゃなくて、小夜を立てるって意味でね?その方がいいかなって事になったわけ。わかる?拒否じゃなくて、ただの約束だから。」


ムスッとしたまま片肘を付いて頬をそこに置く瑞稀に、思わずため息。


小夜が家に来た日、真人に便乗して会いに行ったってのは聞いたけど、その時に、咲月が小夜が納得出来るまでは距離を置こうって言ったらしくて。
瑞稀もそれにしぶしぶ納得したらしいけど。


それにしてもな…。


「……。」


どう考えても、日を追う毎に貧乏揺すりが激しくなってるよな、瑞稀。


「あ~!もう!」
ガチャン!


瑞稀の大きな声と圭介の扱ってる陶器ポットの音が微妙に重なった。


「ど、どうした…瑞稀。」

「あ~!ヤダ、もうヤダ!何回やってもゲームオーバーだわ、このクソゲー!」


圭介…オロオロし過ぎだから。

そして、瑞稀は咲月不足になり過ぎ。


まあ、分かるけどね。
瑞稀は少し前まで咲月に会いたくてここに帰って来てた様な生活だったわけだから。
そして、圭介はそれを微笑ましく見ていたわけだから。


花瓶に花を挿し終えて、荷物を片付けながら口を開いた。


「そういや、またアジアに行っちゃった真人から連絡来たよ。」
「ほんとか?!涼太!」
「マコ、何だって?!」


…二人とも食いつき過ぎだから。
普段冷静な二人がここまでかき乱されるって…。


ある意味、小夜は凄いかも。
つか、咲月が凄いのか?


「知人には会えたらしくてさ。とりあえず、その人ともう少しアジア系の国を見たら帰って来るって。」

「そっか~なるべく早く帰って来てほしいね、真人さん。」

「まあ…あの人は気まぐれだから。」


くふふと笑う瑞稀の顔色が少しだけ回復して
それに圭介と二人で目を合わせて微笑んだ。


まあ…もう暫くの我慢でしょ?瑞稀。
今の所、順調に事は運んでいるはずだから。









小夜が突然現れた日から三日後。
圭介が準備した話し合いの場が設けられて、奥様と伊東さんも交えて、結構な長時間、家族会議が行われてたみたいだけど、最終的には上手く纏まったみたい。


その後にした、副社長とその取り巻きとの話し合いも上手くいったみたいだし。


後は…それぞれに事を動かすだけ。


とりあえず、友人に逢いたいからと、アジア方面に真人が出掛けていったのが昨日。

一番難しいのは小夜との話し合いかなと俺は思っているけど。

そこは…まあ、咲月が少し頑張るしかないか。


「瑞稀、今ん所、小夜は咲月にあの話はしてないの?」

「…俺に聞かないでよ。」


これは、失礼しました。


「圭介?」

「あ~…うん。多分。咲月ちゃんも普段通りに働いているし、もし何かあっれば、坂本さんが必ず俺か涼太に話すでしょ。」


そっかそうだな。
まあ、小夜も自ら瑞稀の嫁になろうって乗り込んで来たんだからな。
自ら旦那様との約束を反古にするってのも無いか…。


「…明後日、父さんが招集してくれた役員会がいよいよあるから、そこで話が纏まったら、すぐに小夜と話すつもり。
それで事なきを得ればいいんだけどね…。」


スマホを弄りながらフウッて深いため息をつく瑞稀。
まあ…そうだよな。
できれば、借金の話は咲月の耳にいれたくないよな、この状況で。


「圭介、『智樹さん』は?」

「悪ぃまだ見つかんないみたい。」

「あの人、上手そうだもんね、かくれんぼ。」


ボソッと言って笑った瑞稀に「だよね」と眉を下げる圭介さん。


二人とも、ほんと好きそうだね、その『智樹さん』の事。


目的は違うのに、結構…会えるの楽しみにしてる?


そう思ったら、ふと浮かんだ妙案。


「ねえ…俺も一つ提案があんだけど。」


唇の片端あげて笑ったら、二人して、怪訝そうに首を傾げた。