「どうぞ、座ってくれ」
「はい」
初めて入った社長室。

目の前にいるのはうちの社長。
そして、この人は鈴木一華の父親でもある。

「一華が世話になったね」
「いえ、ご連絡もせずに申し訳ありません」
「いいんだ。悪いのは一華だから」

はあ。
なんとも居心地が悪い。

「家に帰ってから医者を呼んだらしいんだが、昨日はかなり酷い熱だったはずだと言っていた」
「そうですか。会社で倒れたのを見つけましたが、しばらく気を失っていた様子でしたし、夜もかなりうなされていましたので」
「そうか」
何か言いたそうな社長。

「君達はいい相棒みたいだな」
「はあ」

相棒か。
そうかもしれないな。
長い時間一緒にいて、人としての成長過程を見てきた。
今、誰よりも近い存在であることは間違いない。
社長は、香山さんや専務のような直接的な言い方をしてはこない。でも、気持ちは同じはずだ。『一華に近づくな』それが本心だと思う。

「実家には帰っているのか?」
「え?」
息が止りそうになった。

なぜ今そんな話が出てくるんだ?
それは、俺の触れられたくない部分。誰も知らないはずなのに。

「一華は知っているのか?」
「それはどういう」
意味でしょうかと聞きかけて、聞くのが怖かった。

「世間は案外狭いものだぞ。どこで誰がつながっているかなんてわかったものじゃない」
「はあ」
相づちを打つのが精一杯だ。

「実際、君も一華の事を知らなかったんだろう?」
「ええ」
「だから聞くんだよ。一華は君のことをどのくらい知っているのかね?」
「いや、それは・・・」

社長は何が言いたい?
何を知っている?

「高田くん、君の有能さは私も知っている。仕事のできるいい若者だと思ってもいる。でも、君と一華の人生がかさなることで幸せになれると思うかね?私にはそう思えない。もしまだ、走り出す前ならば考え直した方がいいだろう」
「・・・」
情けないくらい何も言えなかった。

俺は鈴木と付き合うつもりはない。
と言うか、誰とも付き合う気も結婚する気もない。
そう言いたくて言えなかった。

どうやら、社長は俺の素性を知っている。
そのことに動揺してしまった。

長い時間をかけてできあがったかさぶたをめくられそうな気がして、俺は口を開けなかった。