「悪いな、連日呼び出して」
「いいのよ」
私が自分の意思で来たんだから。

待ち合わせたのは会員制のバー。
潤が時々利用している店。

「えっと、私はアルコールでないものをお願いします」

こんな店に来て無粋だと思いながら、さすがに今日は飲めない。

「どうしたの、珍しく弱っているじゃない」
冷やかすように言ったのに、
「まあな」
思いの外まともな返事が返ってきた。

「らしくないよ」
「わかってる」

どうしたんだろう、こんな余裕のない潤は本当に久しぶり。

「こんな事お前に言っていいかどうかわからないけれど、」
そこまで言って、言葉を止めた。

どうやらよほど言いにくいことみたい。

「何よ」
「あいつ、好きな女がいる」

はあぁ。そんなこと。

「別に私は」
「それも俺のお見合い相手だって、すごい偶然だろう」

「そうね」
確かに、奇跡みたいな偶然。

ククク。
「あれだけ必死に探しても見つからなかったのに、いきなり現れたんだぞ『高田鷹文です』なんてお袋さんの旧姓を名乗って」

「それはびっくりだったわね」

その時の2人を想像すれば、面白いなとは思うけれど、声を上げて笑う気分ではない。
でも待って、

「お見合いをしたってことは、その子は鷹文のことを好きではないの?」
「いや、好きなんだ。でも、鷹文の素性も、過去も何も知らない。それに、彼女自身も素性を隠しているから言いたくても言えないんだろう」

何、そのコミック漫画みたいな展開。

「素性を隠すって、彼女は何者なの?」

「鈴森商事の娘」
「鈴森商事って」

うちのライバル会社。って事はそこそこのお嬢さんじゃないの。

「何で素性を隠す必要があるのよ?」

「親の七光りを感じずに仕事をしたかったらしい」

ふーん。わがままな人。

「で、どうして潤がやけ酒を飲んでいるのよ」
そこが一番わからない。

「お前さあ」

ん?

「平気なの?」
「何が?」
「鷹文のこと」

グイッと体を寄せて、潤が私の顔をのぞき込んだ。