「白川先生?」
「うん」

ぜんそくの持病を持つ私の主治医である潤のことを、律也さんは白川先生と呼ぶ。
もちろん、私と潤に関わる過去も知っている。
すべて知っていて深く追求はしてこない。
今だって、今夜会うのは気づいたはずなのに何も聞かないでくれる。
そんなところが大人だなって思う。そして、その優しさに甘えている私がいる。

会社に入って6年。
社長の娘だからとうがった目で見られながらも、必死に働いてきた。
一人娘である以上は私が本郷商事を継ぐんだと思ってきた。
海外勤務だって出張だって男の人と同じだけこなして、やっと社内で評価され始めた頃、父さんがいきなり律也さんとの縁談を持ち出した。

「お前がイヤでなければ、田川くんとの結婚を考えてみないか?」
「はあ?」
もちろん驚いたし、絶句した。

しかし父さんは結構本気で、
「急ぐつもりはない。1度考えてみてくれ」
それから時々律也さんを家に呼ぶようになった。

何度も一緒に食事をし、お互いのことを知るうちに、私も真面目でいい人だなあと感じた。
この人との暮らしも悪くないと思えるようになり、自然と結婚を意識するようになった。

急ぐ必要はないからと言う父さんに従って、私が30歳までには結婚しようという話になっている。


「あまり遅くならないでね」
「はい」

「それと、もう少し食べて」
視線は減っていかない私のお皿に向けられていた。

「はぁい」
進まない箸を動かしながら、我ながら不思議な関係だなと溜息をついた。