普段の私なら、こんなに不用心に人について行ったりはしない。
でも、今夜は1人になりたくなかった。
それに、川本さんはいい人に見えたし。

「「カンパーイ」」

ジョッキをぶつけて生ビールで乾杯。
料理も好みを聞きながら注文してくれた。

「へえー、あの部長は辞められたんですね」

「あれだけのことをしたんですからしかたがないと思います」
「ええ、まあ」

そうですね。と言いかけて言葉を止めた。
確かにそうだけれど、あんな席に1人で行ってしまった責任もあるような気がするし、なんとも複雑な気持ち。

「鈴木さんは海山商事の担当は外れられたんですよね?」
「ええ」

あの件は部長が1人で処理してくれて、

「お前はもう関わるな」って言われているから、その後の事を知らない。

「あれ、鈴木さんジョッキが空いてますね。この店は地酒も美味しいですよ。でも、女性は苦手な人が多いですかねえ?」
「いえ、飲みますよ。一応営業職ですからね、何でもいただきます」

「じゃあ、僕のオススメを」
そう言うと、川本さんはお酒を注文しだした。

この時、私は気づくべきだった。
川本さんは何も知らないふりをしながら、すごく上手にお酒を勧めていた。

無理強いではなくて、こちらが断れないような言い方で。
でも、一見純朴そうな川本さんに私はだまされてしまった。

彼は、危険人物だった。

「鈴木さん大丈夫ですか?」
彼がこう言った時、私はかなり酔っていた。

「すみません、随分酔わせましたね。お詫びに、ここは僕がおごりますから。今入っているグラスだけ空けたら出ましょう。送ります」
「ええ」

グラスに半分ほど残った日本酒。
もう無理だと思いながら、おごりますと言われたお酒を残すことができなかった。

グイッ。
意識を保つのがやっとの状態で、私は日本酒を流し込んだ。