「ほら、そんなに泣かないで」
麗子さんが背中をトントンと叩く。

ウ、ウウウ。
私は悔しくて泣き続けた。

「どうせいつかはバレるんだ。潮時だったんだよ」

悪びれもせずに、言い放つお兄ちゃんに腹が立つ。

この6年間、一生懸命仕事をしてきた。
誰にも負けたくないとがむしゃらに働いた。
それもこれも、すべて無駄になる。
私が社長の娘だって知れば、みんなの視線が変るだろうから。
どんなに頑張ったって、まともには評価されなくなってしまうんだ。

ウ、ウウウ。
嗚咽が止らない。

「一華、今日は好きなだけここにいろ。部長には連絡しておくから、このまま帰ってもかまわない」

「そんなこと、ヒック、しないわよ」

このまま逃出せば、2度と戻れなくなる。

「じゃあ、落ち着くまでここにいろ。そして、もう逃げるな」

逃げる?

「私は逃げてなんか」
「逃げてるだろ、現実から」

ウッ。悔しいけれど、当たってる。

「どんなに逃げたって、お前が鈴木一華であることに変わりはないんだ。いい加減に受け入れろ」

これは、お兄ちゃんだから言える言葉。
そうやって、現実を受け入れてきたんだものね。
私はずるいなあ。

「運命を受け入れる決心をしたあいつの為に、お前も覚悟を決めろ」
言葉は強いけれど、声は優しかった。

「お兄ちゃん」

いつも強気で、強引で、ちょっと怖くて、苦手意識が先に立ってしまうお兄ちゃん。
でも、鈴森商事の跡取りとして必死に虚勢を張っていたのかもしれない。

「一華ちゃんは私が見ておくから、専務は会議に行ってください。時間が押してます」

さすが秘書。麗子さんがそれとなくお兄ちゃんを追い出してくれる。

「ああ、じゃあ。良いか、無理するなよ。このまま帰っても良いから。いいな?」
「うん」

大丈夫。これだけ泣いて少しはすっきりしたから。

頼んだぞと麗子さんい言い残し、お兄ちゃんは出て行った。