「せ、専務」
部長が立ち上がり、みんなが一斉に注目する。

「突然申し訳ない。髙田課長のことで一言話がしたくてきました」

いきなりの専務登場に、シーンと、誰も言葉を発することなく立ち上がる。

「実は、私は彼から事前に退職の話を聞いていました。もちろん説得もしましたが、ご実家の事情もあり引き留めることができませんでした。申し訳ない」

お兄ちゃん。
出そうになった声をやっと飲み込んだ。

「彼は良い人材でした。きっとこの先の鈴森商事を背負って行ってくれると思っていただけに残念でなりませんが、彼にとっても苦渋の決断であったことを理解していただきたい」

どうして、お兄ちゃんはここまでしてくれるんだろうか。

「それと、今まで起きていた取引停止やネットでの嫌がらせは解決しました。詳細は改めて報告が出ると思いますが、従来の取引先はすべて復活し、新たに大口の取引先との契約も決まりました。営業の皆さんは特に心配だったろうと思うので、先にお知らせします。これから益々忙しくなると思いますがよろしくお願いします」
力強い言葉に
「「はい」」
みんなの声がそろった。

すごいな、お兄ちゃん。
一気にフロアの空気が変った。

「山川部長も、しばらくは課長不在となり負担が増えますがよろしくお願いします」
「はい」
部長も直立不動で返事をした。

良かった、これで鷹文を笑顔で送り出せる。
私は心から感謝した。
しかし、すぐに後悔に変わる。

「それから・・・」
グルリと辺りを見回したお兄ちゃんが、

「一華」
突然声を上げた。

え、ええ。
ここで呼ばれるはずのない名前に、身動きできない私。

「一華」
再度呼ばれ、私は顔だけ上げた。

「話がある、ちょっと来い」

嘘だよね。
ここに私でない一華が・・・いるわけがなかった。
お兄ちゃんの視線は、真っ直ぐに私を見ている。

「先輩?」
可憐ちゃんが小さな声で呼んだ。

「部長、申し訳ないが妹を借りていきます」

ツカツカと近寄ったお兄ちゃんに腕を掴まれ、私は連れ出されてしまった。