都内の一等地。
だだっ広い敷地に、緑の森や大きな池。外界の音など全く聞こえない、まさに別世界だ。
ここは、もう2度と来ないと思っていた場所。でも、俺は戻ってきてしまった。

「お帰りなさいませ、坊ちゃん」
「ああ、爺。ただいま」

車を降りるとすぐ、俺の教育係りでもあった爺が涙ぐんで迎えてくれた。

「心配掛けたな」

小さい頃から両親よりも側にいてくれた爺。
8年も会わないうちに、老けてしまった。

「旦那様と奥様がお待ちです」
「うん」


曾じいさんの時代に建てたという洋館の玄関を入り、俺は大きく息をついた。

フー。
あんなにイヤだったはずなのに、なんだか懐かしいな。
やっぱりここは俺の育った家。良くも悪くも俺を作り上げた場所だ。

「坊ちゃんのお部屋はそのままにしてありますよ」
ニコニコと笑いながら、声を掛ける女性。

「雪」
思わず声が大きくなった。

「ふふ、覚えていてくださったんですね」
「当たり前じゃないか」

忘れるはずがない。
雪は俺の乳母の娘。小さい頃から一緒に育ってきた、乳姉弟。
2つ年上の雪はいつも俺と遊んでくれた。

「懐かしいな。ばあやは元気か?」

ばあやとは俺の乳母。雪の母親だ。

「母は3年前に亡くなりました」
「そうだったのか。すまない、知らなかった」

あんなにかわいがってもらったのに、申し訳ない。

「いいんです。坊ちゃんも大変だったんですから。母はずっと坊ちゃんのことを心配していました」
「そうか」

できることならもう一度、ばあやに会いたかった。

「坊ちゃん」
爺が先を促す。

「ああ」
わかっている。
ここで立ち止まってはいられない。