「すみません、部長」

きっと今、部長は裏切られた気がしているはず。
鷹文のことを本当にかわいがっていたから。

「馬鹿野郎。お前が謝るな」
「でも」
辛い気持ちは私にだってわかる。

「あいつは、髙田は、実家の家業を手伝うために会社を辞めると言っていた。本当か?」
「ええ」

間違いではない。
家業って物に対するイメージがかなり違うと思うけれど、嘘は言っていない。

「お前はそれでいいのか?」

望んだ結果ではないけれど、他に選択肢がない以上、
「しかたがありませんよ。言って聞く人じゃありませんし、悩んで出した結論でしょうから」
私はただ受け入れるしかない。

「で、お前はどうするんだ?」
「はあ?」
「だからその・・・結婚とか、」
「イヤイヤそんな、今はそれどころではありませんし」

そんなこと考えてもいなかった。

「そうか、良かった」
「部長?」
思わず声に出た。

良かったって、どういう意味よ。

「お前まで辞めるって言われたら、さすがに堪える」

珍しい、鬼部長の弱音。
その声がどれだけショックを受けているかを覗わせて、居たたまれなかった。

「部長、彼も悩んで出した結論なんです。できることならずっと、この会社にいたいと思っていたはずですから。わかってあげてください」

すべてを明らかにすることはできないけれど、鷹文の気持ちは伝えたいと部長に力説した。

「これからは髙田の分まで働いてくれよ」
「ええ、もちろんです」

私は鷹文のライバルですから。


その日一日、鷹文がデスクに戻ってくることはなかった。
何度か電話で仕事の指示は出していたみたいだけれど、姿は見せなかった。