「実は、親父からは少し前から連絡が来ていたんだが、今さら浅井に戻る気にはならなくて無視していた。でも、専務を見ていて気持ちが変った」
「お兄ちゃん?」
「そう。代々企業を継ぐ家に生まれて、勝手に将来を決められて不満だってあると思うんだ。実際俺も親父に反抗していたし。でも、お兄さんは運命を受け入れて責任を果たそうとしている。立派だと思ったよ。お前のことだって、誰よりも心配しているしな」
「そうかなあ」
ただ単に、過保護な兄としか思えないけれど。

「お前だって一緒だろ?」
「え?」
「社長の娘としてすべてが決められていくのがイヤで、反抗していたんだろ?.」
まあ、そう言えばそうかもね。

「でも、うちと浅井コンツェルンではスケールが違いすぎるわ」

「一緒だよ。要は背負っていく覚悟。気持ちの問題なんだ」
そんなものかなあ。

確かに、お兄ちゃんは私以上に厳しく育てられていた。
本当は絵を描くのが好きで、美大に行きたいって父さんに言ったのに反対されて結局諦めていたっけ。

「一華、俺は家に戻る。そうすればうちの会社への嫌がらせはなくなると思う」
「うん」
とっても寂しいけれど、仕方ないのかな。

「それにしても、酷い話よね。鷹文を連れ戻すためにここまでするなんて」
つい、本音が出てしまった。

「そうだな。でも、親父もそれだけ必死だって事だ。経営者としていつも損得しか考えていなかった親父が、ここまでの犠牲を払って俺を連れ戻そうと思ったんだ」

それだけ、鷹文を側に置きたいんだね。

「今日は一緒に会社へ行こう。もうじき会えなくなるんだ。一緒にいられる時間を大切にしよう」
「はい」

好きな男にこれだけの覚悟を見せられれば、私だって腹をくくるしかない。
この先はわからないけれど、ただ鷹文を信じてみようと思う。