「一華さん帰らないんですか?」
定時を過ぎてまだ帰ろうとしない私に、可憐ちゃんが声をかけた。

「うーん、もう少し」

どうしてもやらなくてはいけない仕事が残っているわけじゃないけれど、まだ帰る気にはならない。
ただの自己満足なのはわかっていても、父さんも兄さんも鷹文だって必死に頑張っているのを知っているから。自分だけ逃出す気にはなれなかった。

「さぁ、みんな今日は早めに帰るぞ」
珍しく部長が声を上げた。

部長も、毎日残業が続いている。
それは部長だけじゃなくて、ここに働くみんなが一緒。
みんなの疲れが顔に出ているのがわかっていて、部長はあえて声をかけたんだ。

「さぁ鈴木、帰るぞ」
「えっ」

名指しで呼ばれた以上、腰を上げないわけにはいかない。
誰かが動き出さないと、いつまでもみんな帰らないから。

「チーフ、帰りましょう」
部長の声を受けて、小熊くんが寄ってきた。

「そうだね、たまには早く帰ろうか」

「一華さん、ご飯でも行きましょうよ」
隣の席で、可憐ちゃんも帰り支度を始めた。

「そうね、行こうか?」

父さんや兄さんのように遅くまで働いている管理職も大勢いる。
鷹文だってまだ会社に戻ってきていない。
きっと、今日も遅くなるんだろう。
自分だけが遊びに行くようで気が引けるけれど、こんな時だからこそ気分転換もいいだろうと可憐ちゃんの誘いに乗ってみた。

「じゃあ、行きましょうか?」
「うん」

「「お疲れ様でした」」
精一杯明るく挨拶をした私は、オフィスを後にした。