会社に着くと、自分のオフィスには向かわず最上階の重役フロアへ足を運んだ。
父さんも兄さんも忙しいだろうから、秘書の麗子さんと香山さんに荷物を預けようと思った。

「おはようございます」
「あら、一華ちゃんおはよう。ずいぶん早いわね」
「そうですか?」

そういう麗子さんだって、綺麗にお化粧もしてすっかり働く体制。

「これ、母さんから預かりました」
「ありがとう」

麗子さんは荷物を受け取ると、私にお茶を入れてくれた。

「どうぞ」
「ありがとうございます。お兄ちゃんはまだなんですね」
「ホテルに帰ったのが夜中だったはずだから。でも、もうすぐ来ると思うわよ」

やっぱり、遅くまで仕事をしているのね。

「一華ちゃんは大丈夫?」
心配そうに私を見ている。

「大丈夫ですよ。麗子さんこそ大丈夫ですか?」
きっと遅くまで残っているはずなのに。

「ふふふ、私は平気。何しろ踏ん張り時だからね」
「確かに」

今は、うちの会社にとっての正念場。
なんとか乗り越えないと何千人にものぼる従業員もその家族も路頭に迷うことになってしまう。
だからこそ、この騒動の原因が私だったら・・・どうしよう。

「顔色が悪いわよ。無理をせずにちゃんと休んでね」
「大丈夫ですよ。私は元気です」
まさか本当のことを言うわけにもいかず、笑ってみせるしかなかった。

「ねえ一華ちゃん、髙田課長とはうまくいってるの?」
「ええ、まあ」
としか答えようがない。

鷹文とは職場でしか会えない日が続いている。
寂しさはもちろんある。でも、それ以上に不安が大きい。
必死に走り回る鷹文の裏に、私の知らない何かがある気がしてしかたがない。

「こういう状況で言うのも何だけれど、彼はいい人だわ。諦めたらダメよ」
「麗子さん」
「たとえ孝太郎が反対しても、私は味方だからね」
「・・・はい」
声が震えてしまった。

とにかく今は、目の前の問題を解決するのが優先。
頑張るしかないんだ。