1週間たっても10日たっても、会社を取り巻く状況は好転しなかった。
それどころか、ネットニュースだけではなくテレビや雑誌も取り上げるようになり、とうとう内部告発者と名乗る男性が談合疑惑まで暴露した。
もちろんすべて根も葉もない話で、真実でないことはわかっている。
ただ、こうして取り上げられることで、鈴森商事は窮地に立たされた。

「一華、お父さんたちに着替えを持っていってくれる?」

朝食の用意をしていた母さんに、カバンを2つ渡された。

「はーい」

普段はこんなに素直に返事をすることなんてないのに。
やっぱり、私も弱っているのかもしれない。

父さんも兄さんも、ここ数日は家に帰ってきていない。
これだけ騒がれてしまった以上なにかしらの対策をとらなければならないと、遅くまで会社に残っているようだ。

「一華、少しは食べなさい」

普段から私が朝食を食べないのを知っているくせに、母さんは目の前にオムレツと温かいスープを並べた。

「朝は食べられないって知っているでしょ」
「それでも少しは食べなさい。あなたオムレツ好きだったじゃない」

そんなのいつの話よ。
いつまでもオムレツを喜ぶ子供じゃない。
きっと、母さんの中で私はいつまでも小さな子供なのよね。

「少しでいいから食べなさい。あなたが倒れたんじゃ元も子もないでしょ」

母さんはいつも父さんや兄さんに気をつかう。
自分は裏方で家族のために家事をするのが仕事。そうやって私たちを育てて、家を守ってきた。
どんなに具合が悪くても、母さんは家事の手を抜かないし、自分のことよりもまず私たちのことを考える。
そんな母さんの生き方を私は好きになれない。

「ほら、ひと口でいいから」
「もう」

仕方なく私はオムレツに手をつけた。

うん、おいしい。

悔しいけれど、これが私の好きな味。
卵の中には私の苦手なにんじんやピーマンが入っている。
母さんはいつもこうやって私の苦手な野菜を食べさせていた。

「ねぇ一華、父さんと孝太郎のことをお願いね」
「うん」

母さんだっていてもたってもいられない気持ちは同じ。
わかっているから、いつものように反抗する気にはならない。

「じゃあ行ってきます」
母さんに託された着替えを持って、いつもより少し早く私は家を出た。