「いらっしゃいませ」
できるだけ早めに仕事を切り上げて、午後8時に着いたのは会員制のクラブ。

「遅くなるかもしれないが必ず行くから」
と言われたのを信じて待つことにした。

「何かお作りしましょうか?」
と声を掛けられ、
「オススメのカクテルを」
と注文。

この店に来るのも本当に久しぶり。
昔はよく兄さんや麗子さんと来たけれど、最近は来ることもなかったから。
以前の私にとってここは、唯一素の自分に戻れる場所だった。


「ごめん、お待たせ」
午後9時を回って、駆け込むようにやって来たのは、白川潤さん。

「私こそ、忙しいのにすみません」
「何言ってるの、呼び出したのは僕ですよ」
ニコニコと私の顔ををのぞき込む。

「久しぶだね?」
「ええ」

そういえば、『付き合いましょう』って言われたっきりそのままになっていた。

「鷹文と付き合うことにしたそうだね」
「はい。連絡もせずに、すみません」
「いいよ、こうなる気はしていたから」

水割りを注文し、隣の席に座る白川さん。

「本当に、すみません」

仮にもお見合い相手なら事前に知らせるべきだったと思う。
そういえば、お見合いの返事もまだだし。

「ところで今回の件、鷹文から何か聞いた?」
「え?」
唐突に言われ私の方が驚いてしまった。

今回の件って、今朝からの騒動よね?
それって・・・・

「何で白川さんが知っているんですか?」
「いや、具体的に何を知っているって訳ではないんだが・・・」
白川さんは言葉を濁した。

「あの、教えてください。知っていることがあるならどんなことでも」
私は白川さんに詰め寄った。

「一華ちゃん、落ち着いて。鷹文は何か言った?」
困ったように私を見ている。

「いいえ。ただ、今日の昼、昔の友達って方から電話があって。今、会っていると思います」
「へー、悠里と」

「悠里さんっておっしゃるんですね?」

きっと今日の電話の相手。
随分親しそうだった。

「昔の友人だよ」
「8年前の?」
「ああ」

やっぱり元カノだったのか。