「ただいま」

「おまえ」
地の底から響くような声に、ゾクリと身震いがした。

「帰りが、こんな時間になって申し訳ありません」
私の横に立っていた鷹文が頭を下げる。

「一体何のつもりだ?」
威圧的な言葉。

「一華さんと、お付き合いをしたいと思っています」
「ダメだと言ったはずだぞ」

「お兄ちゃんっ」
「お前は黙っていろ」

「許していただけるまで、何度でもお願いにまいります」
深々と頭を下げたまま、鷹文は動こうとしない。

しばらく私を睨んでいた兄さんが、意地悪な顔をして鷹文に近づいた。

「なあ髙田。仮に俺が2人の付き合いを認めたとして、その先どうするつもりだ?」

「え?」
ちょっとだけ、鷹文が体を起こした。

追い打ちを掛けるように、兄さんは続ける。

「結婚するのか?」
「いや、それは・・・」
なんだかとても歯切れが悪い。

「いい加減な気持ちで、妹に近づくんじゃない」

バンッ。と、兄さんが高田の肩を突いた。

「やめて。私は鷹文がいいの。結婚なんてしなくていいから、一緒にいたいのよ」

「・・・一華」
兄さんの顔が辛そうだ。

「すみません」
鷹文が頭を下げる。

「とにかく、一華は家に入れ。髙田、父さんも不在だし、俺も今は冷静に話せない。悪いが、今日は帰ってくれ」
幾分落ち着いた兄さんの言葉に、
「わかりました」
鷹文も頷いた。


その後、私は母さんに散々説教されて、やっと会社に行くことができた。
定時ギリギリで駆け込んだ私を、鷹文は心配そうに見ていた。