営業なんて仕事をしているとイヤでも酒が強くなるし、酔いつぶれない方法も、自分の限界だってわかってくる。実際、ここ数年は酒に飲まれた記憶はない。
でも、今日の俺はかなり速いピッチでグラスを空けていた。
きっと、現実を知りたくない気持ちが、酒に逃げさせているんだと思う。

「不思議だな」

俺の方を見ることもなく、呟くように話す白川潤。
俺の親友だった男。
そして、今は鈴木のお見合い相手だと名乗った。

「何が不思議なんだ?」
聞くのが怖いと思いながら、口にしてしまった。

「自分の過去も、家族も、将来も、すべてを捨ててひっそりと暮らすことを望んだお前が一華ちゃんの側にいるのが不思議だって言ったんだ」
「そうか?俺はただ、彼女の同期なだけだ」

大意はない。

「そうは見えなかったがな」
潤の声が意地悪く聞こえた。

昔から、こいつはいつもそうだった。
成績も、スポーツも、バレンタインデーのチョコの数さえいつもライバルだった。
ずっと、2人で1番を競っていた。
高校3年の進路選択のとき、
「俺は医学部に行く」
と言われ、ああ、これで潤と競わなくて良くなるとホッとしたものだ。

「彼女は俺たち側の人間だろう?」

ええ?

『俺たち側の人間』なんて、親父が言いそうな言葉を潤が使っているのが不思議だった。
この平和な日本に身分階級なんて存在しないのに。

「お前、いつの時代を生きているんだよ。そもそも、俺がどう生きようと自由だし、鈴木がお前と付き合うのだって俺には関係ない。変な妄想をして絡まないでくれ」
つい、きつい口調になった。

なぜだろう、こいつの前では余裕がなくなってしまう。
油断すると潤のペースに乗せられてしまいそうで怖い。

コトン。
グラスをカウンターに置き、潤が俺を振り返った。

ん?
真面目な顔をしている。

「本当にそう言いきれるか?彼女は、お前のために今日俺とデートをしたんだぞ」
「はあ?」
間抜けな声を上げてしまった。

「けなげじゃないか」
「どういう意味だよ」

説明しろと、俺は潤に詰め寄った。

「フッ。やっぱり知らなかったんだな」
「何を?」

このもったいぶった話し方は昔とちっとも変らない。

「聞きたいか?」
挑発的な言葉。

クソッ。
思わず拳を握りしめて、それでも、
「頼む、教えてくれ」
俺は頭を下げた。