いつもそう。


優しくしてくれる人にいちいち期待しては、裏切られて落胆する。


裏切りを何度も何度も経験したのに、わたしの心はいつか現れる王子様の存在を渇望(かつぼう)していて。


本当に、アホらしい限りだ。



「……フッ」

「ふあっ!?」



そのとき、突如(とつじょ)耳に息を吹きかけられ、それまでの追憶がふっ飛んだ。




「志勇!……んむっ」



首をひねると、彼の顔を確認するよりも早く、唇に触れた柔らかい感触。


驚いて息を止める。


時が止まっているみたいで、唇が触れあう時間がとても長く感じた。



「壱華」



わたしを呼ぶ声にはっとして我に返ったところ、ぼやけるくらい間近に志勇の顔があって───キスされたんだって分かった。



「……怖いか」




目線だけ落とすと、スポンジを持ったままの手が小刻みに震えている。


けど、志勇のせいじゃない。志勇が怖いからじゃないって言いたいのに、肝心なときに声が出ない。



「言わなくていい」



すると体を反転させられ、志勇と向き合う形に。


焦るわたしを落ち着かせるように、頬を包み込む彼の手。


ああ、この手、好き。




「怖いなら突き飛ばせ。嫌なら拒め」



……そんなこと、できるはずがない。


その瞳に捕らえられれば最期───逃げようとする思考すら奪われてしまう。





「逃げないなら……俺はそういう風に捉えるからな」




瞳の中に映る己のシルエットを眺め、静かに目を閉じた。


そしてもう一度、ゆっくりと、志勇と唇を重ねた。