その後、二人で買い出しするということが決定し、彼らはそそくさとマンションから出て行った。


シンとなる広いリビング。


おそらく30畳以上あるリビングで、ひとつのソファーにくっついて座る男女。


広すぎる部屋なのに、息が詰まりそう。



「あの、荒瀬さん」

「志勇だ」

「……えっと、もう、大丈夫です」

「敬語もやめろ」



そろそろ放してもらおうと思って声をかけたのに、言葉のキャッチボールをしてくれない。



「俺の名を呼べ。そしたら放してやる」



急な要求をしてきたものだから、どうしたものかと悩んでいると───



「呼べ」



彼は耳元に口を近づけ、どこか官能的に命令した。


急激に熱を帯びる頬は、何の感情によるものなのか。



「志、勇?」



気がつけば、素直に従っているわたしがいた。


名を呼ぶというのは『認める』ことだから従うつもりはなかったのに、いとも簡単に呼んでしまった。


すると、荒瀬さんは抱きしめている腕に力をこめた。



「あ、離してくれるんじゃ……」

「ん?やっぱやめた」

「えっ……」



そんな理不尽な。


結局この人の腕の中から抜け出せないってわけ?


でも、荒瀬さんの腕の中はあったかくて、安心できる。


泣いているとき、叔父さんにこうやって慰めてもらったな。


数少ない良い思い出だから、よく覚えてる。



その久々の感覚は、奥深くに潜んだ記憶を掘り起こす鍵となった。