俺は空いている隣の病室に入った。


颯馬は俺に続いて入るや否や、パタリと出入り口の引き戸を閉じた。


だが、その後に続くのは長い沈黙。


颯馬は眉間に深くシワを刻み、うつむいて黙っていた。



「何も言わねえなら戻るぞ」



俺から声をかけると、颯馬はようやく顔を上げた。




「……いつ、実行するつもりだ」




そして言葉とともに至極冷たい視線を俺へ向ける。



「何をだ」

「『こちら側の計画』をだよ。もう上役は待っちゃくれない。
今回、極山が動き出した件で余計うるさくなってね……」

「……」

「あちらが大きく動く前に先手を打ちたいし、いい時期だろ。あの子は兄貴に懐いてる。
今なら何を言っても従ってくれるよ」

「そのことなら前にも言ったはずだ。俺は壱華を使わねえ」

「それは無理な話だ。
母さんとは違って相川壱華という人間には利用価値がある」



こいつは壱華を物としか見ていないらしい。


力いっぱい殴ってやりたいところだが、壱華がすぐ近くにいる手前、その時間すらもったいねえ。



「……またその話か。どいつもこいつもつまらねえことばかり抜かしやがって」



だから俺は無視という形で弟の前から去ろうとした。


ところがそのときだ。ふと、片腕の自由が利かなくなる。



「いいや、今日だけは言わせてもらう。
兄貴は何も分かってない。今の日本の情勢を何も理解していない!」



視線をその部分に移すと、すれ違う寸前に俺の腕を掴み、(せき)を切った颯馬の姿があった。