SIDE 壱華



「壱華、どこだ」



夕方、日暮れ時の本家に渡る男の声。



「志勇、おかえりなさい」



帰ってきたんだ。


嬉しくなって、本家にいるのにおかえりと言葉が飛び出た。



「……見つけた」




甘いオレンジ色の世界で妖艶な笑みを浮かべる帝王に出会った。


わたしの大切な人。


わたしの愛しい人。


見えない糸で引き付けられるかのように距離を縮める。


近づいた時には、いつもの彼の腕の中にすっぽりと収められる。


この暑い季節だけど鬱陶しさなんて感じない。あるのは幸福だけ。




「……」

「志勇?」

「……よし」



抱きしめるついでに必ずわたしのにおいをかぐ。


……においを嗅いで、何がよしなんだろ。


気になって自分のにおいを嗅いでみるけど、どうも柔軟剤の香りしかしない。


それより今日は汗をたくさんかいたから体臭がキツイんじゃないかと不安で。



「……うーん」

「どうした……ああ、そうか。今日1日で本家で働く気が失せたんだろ。明日からはやっぱり俺に奉仕したいってか。しょうがねえな」

「違う違う、わたしの思ってることとぜんっぜん違う」



さりげなく離れようとしたら志勇は盛大な勘違いをして、わたしの体をまた引き寄せた。


それを手で制してゆるくかわすと、気難しい帝王はたちまち仏頂面になった。



「じゃあなんだ。言ってみろよ」

「……」

「壱華」

「……だって、志勇が」

「あ?俺がなんだ」

「志勇が、いつもにおい嗅ぐから……やだ」



すると志勇はゆっくりと口の端を上げ、いじわるな笑い方をした。



「当たり前だ。確認だよ、確認」

「なんのための確認?」

「決まってんだろ。
お前に他の男のにおいがついてないか確かめてんだ。
お前はどうも浮気性だからな」

「……えーっと、はい?」



においで、それを確かめてんの?


おかしいよ志勇。それは動物のすることだし。そしてわたしは浮気なんか生まれてこのかたしたこともないし。