「ところで、憂雅くんは?」



話が一段落して、外庭に面する通路を通り厨房に移動中。


本家に来ればいつも我先にと駆け寄ってくる憂雅くんがいないことに気づいた。



「今日はですね、あなたが来ると聞いて早起きして待っていたんですけれど。
朝からはしゃぎ回っていたので、案の定……」

「寝ちゃったんですね」

「はい、その通りです。冷房の効いた部屋をひとりで陣取ってぐっすり」

「ふふ、憂雅くんらしいなあ」



その理由を聞いて笑うと、司水さんも微笑み返してくれて、穏やかな時間が流れる。


束の間の平和というのは、こういうときを指すのかもしれない。



なぜ『束の間』だと思ったのか。


それは訳の分からない異変を感じ取ってしまったから。





青すぎる空や、焼けつくような日差し、ここから望む景色は何も変わらない。


ただ、蝉の声がひとつもしない。


朝はあれほど騒がしかった蝉たちがそろって押し黙っているかのよう。


不気味なほど静かだった。



これは先日の雨の日に、黒帝と再開してしまったあの日によく似ている。


この予感がただの杞憂でありますように。


心のどこかで、その何かを恐れている自分がいた。











ところが、予感は疑心暗鬼ではなく、その対象は時機をうかがっていたに過ぎなかった。








屋敷を囲う白壁の向こう、人気のない細い路地に、口から赤黒い何かをしたたらせてうずくまる人影。



それは黒い鉄の塊を握りしめ、覚悟を決めた男の姿だった。