「壱華ちゃん?」



自分の中で改めて決意を固め、壱華さんの後を追おうとしたとき、捉えた人の声。



「……剛」



振り返ると、廊下の曲がり角から姐さんがしずしずと現れた。


噂をすればなんとか、というから俺は少しぎょっしたが、歩み寄ってきたその様子に異変を感じたため立ち止まった。


やがて俺の前に止まった姐さんは、眉を曇らせ、珍しく焦りげにこう言った。



「剛、あなた壱華ちゃんを知らない?」

「壱華さん、ですか。今さっき憂雅と向こうに……」

「知っているのならお願い、早く連れ戻して」



焦っている様子の姐さんは俺の腕を掴む。


はっとしてすぐ放してくれたが、顔色が晴れることはない。



「……わたしが一番分かってるのに。
万が一2人が鉢合わせをしたから、全部わたしのせいだわ」

「どうか、したんすか……」



自分を責める姐さんに事情が分からず訊く。



「今日は潮崎が本家に来る日だった」


「ああ、そうでしたね。昼からお伺いになるとか」



潮崎の名を口に出されても察することのできない俺に、姐さんはとうとうしびれを切らせて声を放った。




「そうじゃない。潮崎の息子は、あの子に傷を植えつけた張本人なの」




ようやく、俺は恐ろしいことに気がつく。


潮崎のオヤジは今日、若頭の襲名のために長男を連れてくるのだ。



そしてその男は───






「潮崎理叶は、あの黒帝の総長よ」










壱華さんと、最も引き合わせてはならない存在。



無実の少女を不用意に傷つけ、なおかつ深い暗闇に突き落とした人間だと。