「まあまあ、冷静になりなって」



ゴタゴタになりそうだと察知して間に割り込む。


自分でもいいタイミングで割り入ったと思う。



「……」

「ん?どこ行くんだよ」



ところが兄貴は方向転換をして壱華ちゃんに背を向ける。



「時間だ。てめえもそのために来たんじゃねえのか」



声をかけると、兄貴はいらだちを押さえきれない様子。


おっしゃる通り、これから俺たちは本部へ向かわなきゃいけないわけだけど、壱華ちゃん放ったまんまでいいのか。



「壱華、お前は俺が帰ってくるまで頭冷やしとけ。いいな」



かと思えば、容赦なく辛辣(しんらつ)な言葉を投げる。


うっわ、ひどい。


聞いてる限りじゃ、壱華ちゃん何も悪くないのに。



「気にしないでね壱華ちゃん。兄貴もしばらくしたら機嫌直るから」



さすがの俺も彼女のフォローに回る。


だけど壱華ちゃんは唇を固く結び、眉根にシワを寄せて俺の後ろにいる兄貴を睨んでいる。


あーあ、こりゃ泣くぞ。



「あー、じゃあね、夜までには帰る。
あと、今日は剛が非番だから、なんかあったら連絡してやって」

「颯馬、さっさと来い」

「あー、はいはい今行きます」




結局和解せず彼女を残して退室。


しかし、兄貴が女の子と喧嘩するなんて、ほぼ身内の涼以外じゃ初めて見たな。


やっぱり壱華ちゃんは特別か。


若頭ともあろう男がひとりの女に夢中とは。




……早く飽きてしまえばいいのに。


そう考えてしまう俺の中には、間違いなく荒瀬の冷たい血が流れている。


ごめんね、壱華ちゃん。


俺が荒瀬の血を継いでいる以上、この世界に身を投じた以上、君の味方はできない。


潤滑に『計画』を実行させる。


それが側近として、今の俺に与えられた使命だ。