人魚の涙〜マーメイド・ティア〜




その言葉を落とされた時全身がザワっとする


今すぐにでも遠山を殴りつけて消してしまいたいと。


そんなことを考える時点であたしの血には間違いなく彼らの血が入っているんだと思い知らされる


どうすることも出来なくて俯く。



情けない…どんなに今が幸せでもその過去からは逃れられない…そんな大事なことを忘れかけるなんて



「お前ムカつくな。」



蓮が言うのと同時のタイミングで動いて遠山を殴りつけた


あたしは衝撃過ぎて考えていた思考を停止させる



「ブッ、いってぇ、あんた、なにすんだよ!!」



思いっきり殴られた鼻を抑えながらそれでもなお蓮に食ってかかる



「はぁ?だから、言ってんだろ。ムカついたから殴った、それだけだろ。」



まるで自分はなにも悪くないというかのように平然としてる蓮を見てあたしの胸はスッと軽くなる



ー…あぁ、あたしのために殴ってくれたんだな



蓮はいつだって、優しい



「なんだよ!親切に教えてやったのに!!!」


「あ?まだ言うかてめぇ。」



尻餅ついていた遠山の胸倉を掴んで無理やり引っ張る蓮の手をあたしは近づいて止めた



「蓮、もういい。ありがとう、大丈夫だから」



ねぇ、どうしてそんな複雑そうな顔するの?
あたしそんなに情けない顔してるかな?


まぁ多分敦先輩が困った時に笑うみたいな感じに笑ってるんだろうなとはなんとなく察しがつく


でもね、すごく今の蓮にまた助けられたんだよ?


蓮は渋々といった感じで手を離す


それを確認してから口を開く。



「ねぇ、遠山。あたしが人殺しの子なの知っててどうしてちょっかい出すの?嫌がらせするの?」



ここで切ってちょっと殺気と不敵な笑みを浮かべてみせる



「…自分が殺されるかもって、思わなかった?」



わざとゆっくり言い切る。



「ヒッ!!」



小さく息を飲むと遠山は慌てて駆け出して去っていった


その後ろ姿が滑稽で初めて勝てた気がして清々しく感じた


その後ろ姿を清々しい気持ちで見ていたら急に頭にズシっと重みが掛かる。


感覚だけどそれがなんの重みかは見なくてもわかる



「ちょっと。腕すごい重いんだけど」


「あ?あぁ、これお前の頭か。いいとこにヒジ置があると思ったわ」


「ほんとにぶっ飛ばすわよ」


「ハッ、ぶっ飛ばされる前にぶっ飛ばしてやる」



いや、こいつなら本当にやりかねない
あたしが女だろうとそうじゃなかろうと関係ないって言ってきそうなやつだから



「おら、帰るぞ。集会始まってんだろーが。」


「いやいや、あんたが抜け出してきたんじゃない」


「あ?うっせぇな。さっさとしろ。」



先に歩き出した蓮の背中を追いかける


でも同時に知ってることもある。



“人殺しの子”




質問したいことは山ほどあるんだろうけど今は聞かないでいてくれる優しさ


あたしも蓮に聞きたいことは沢山ある


どうしてあの時あんなに怒ったのか、そして顔が瓜二つな空虚な目をしてた彼は蓮とは一体どういう関係なのか


それを聞かれたくないから、あえて蓮も聞かないのだろう。だったらあたしも聞かないでおこう。


あたしにも聞いてほしくない過去の一つはある。


きっと、いつかみんなに話す時が来るのだろうか?



ー…いつか話せたらいいな



そう思いながら蓮のバイクに跨り倉庫へ戻った