「おはようございます……。しかし、なぜお屋敷の中にいらっしゃらなかったのですか?」

紬が訊ねると、男性は意地悪に笑って紬の耳元で囁いた。

「紬を抱きしめたかったから」

びくりと紬が肩を震わせると、男性はますます楽しそうになる。そして、指で紬の顎を持ち上げた。

「耳、相変わらず弱いんだね」

紬は、恥ずかしくて真っ赤な顔を背けることができない。そのまま男性と唇を重ねた。



紬がこの男性と出会ったのは、高校生になる直前の春休みの時だった。

紬の家は強い霊感を持っていて、両親は副業として霊媒師の仕事をしている。大学生の兄と姉も友人から除霊を依頼されることがあるらしい。

そんな紬も、幼い頃から霊や妖怪の姿が見えている。しかし除霊の仕方などはわからないため、大抵はスルーすることが多い。

春休みを紬が満喫している時だった。母に呼ばれ、紬は着物をしっかりと着こなした母の前に正座する。

「紬、実はあんたに言わなあかんことがあるんさ」