廃墟、いや、俺の住まいに到着し、錆びついた階段を上がるとギシギシと大きく音を立てる。
廃墟に住む物好きはあまり多くなく、俺の両隣、下は空き部屋らしい。
そのうち取り壊されるだろうが、何とか俺の結婚が決まるまであと数年は存続してもらわなければならない。
だから、この階段もそっと上らないと行けないのに、逸る気持ちと比例して、階段を駆け上がる。
横綱の体当たりよりも前に、これだけで崩れ落ちてしまいそうだが何とか持ちこたえる。
そして、階段を上りきったところで左から二番目のドア開くのだ。
俺の足音で出迎えてくれるのがこのアパートの利点。
ドアの向こうから世界で一番の笑顔が自分に注がれる。
「おかえりなさい」
「ああ」
そう、この笑顔を見たくて俺は走り貫くのだ。
帰ってすぐ風呂に入り、上がる頃にタイミング良く夕食。
毎度の手際の良さに、本当にできた女だと思う。
家庭的で笑顔も可愛いく賢い、彼女としても妻としても欲しがる男は多いはずだ。
そんなことを、酒が入ってうっかり広也たちに言ったら、ニヤニヤと笑われた。
相変わらず、水野さんを愛しちゃってるな、と黒澤。
まさに、恋に冒された、盲目男だな、と安住。
小春ちゃんに身も心も脳みそも溶かされて、と広也。
まさに、致命的なミスだった。
俺は完璧でからかわれる要素は水野ただ一つ。
こんな感じに、未だに大学時代のやつらにはさんざん水野のことでからかわれる始末だ。