表情がないように見える鴉だけれど、チーズを食べている時はいつもよりも顔が柔らかくなっているように空澄は感じていた。
 海という名前は空澄が勝手につけたものだった。両親が居た頃からいるこの鴉は、普通の鴉と違って瞳の色が真っ青だった。深くそして澄んだ青はまるで海のように思えて、子どもの時に「海って名前ね」と言って決めたのを今でも覚えていた。その時に両親は驚きながらも微笑み「ぴったりだ」と喜んでくれ、海も大きな声で鳴いて、羽をばたばたとさせてくれたのだった。


 「ほんと、この鴉は変だよな。チーズが好きなんて」
 「変って言わないの。好みなんだからねー」
 「いや、変だろ」
 「カァーー!」
 「ほら、怒った。……璃真と海は本当に仲が悪いよね」


 璃真が海の悪口を言うと、海は彼に向かって抗議を言うかのように大きな声を出して飛びかかろうとした。璃真は咄嗟に後ろに下がって避けて「………ほんと、俺には懐かないよな」と苦笑した。
 海は空澄と昔から一緒。ということは、幼馴染みである璃真と海もずっと一緒なのだが、何故か彼には懐いていなかった。


 「空澄、そろそろ行かないと遅刻するぞ」
 「そうだね。じゃあね、海」


 空澄は海に小さく手を振って別れる。けれど、海は空高く飛び上がり電線に止まった。
 そして、空澄を追うように海はずっとついてくるのだ。電車に乗って、職場に行ってもいつの間にか近くの建物の屋上のフェンスや近くの公園に海は居るのだ。見守っていてくれているようで、空澄は嬉しいがきっと食べ物がほしいのだろうな、と思っていた。