毎朝、
鏡を見て、
綺麗に化粧をして、
僕は死ぬ。


ずっとずっと僕は

嘘つきだ。




「よし!今日も僕が1番可愛い!」
そう言った男は、明るい茶髪のロングのウィッグを被り、化粧をして、鏡の前で最終チェックをし、胸に詰め物をして、スカートをはいている。見た目は完全に女性だが、れっきとした男性だ。
ピンポーン
インターホンが鳴る。女装男は嬉しそうに駆け足で玄関へ向かう。
「おはよぅハルちゃん」
戸を開けると、肩にかかる毛先をふんわりと巻いた、穏やかそうな女が男に挨拶した。
「おはよう、カレン」
2人は仲良さそうに笑い合った。
男の名前は『ハル』と呼ばれ、
女の名前は『カレン』と呼ばれた。


2人は嘘をついている。

僕は
私は
気づいている。
本当は、彼女は、

この世に存在しない人だ。


「今日は映画観まくるぞ〜」
「昨日いっぱい借りたもんねぇ」
ハルは昨日レンタルビデオ屋で借りたビデオの入った袋を手に取り、何から観ようか考えていた。
「ぁ、私これからがいいかな」
スっと後ろから手を伸ばしてひとつのビデオにカレンが指した。
「めちゃくちゃ恋愛モノじゃん!」
「キュンキュンしたいもん〜」
「じゃぁこの次はアクションモノだよ!」
「はいはーい」
2人の距離は近く、3人がけソファの上でピッタリ寄り添う。
映画を観始めてから数十分後、主役の男女が雨の中抱き合っている。想いが通じあったシーンだった。
「カレンはさ...彼氏できた?」
ハルはカレンを見ずに質問した。
「ううん、やっぱり男の人にはいくつになっても慣れないかなぁ...映画とかドラマで満足しちゃう....」
カレンもまた、ハルを見ないまま、
「ハルちゃんは?彼氏できそう?」
と聞いた。
ハルは、最初に述べていた通り男だ。女装をしているだけで、心まで女ではないし、また、恋愛対象は女性だ。
しかしハルはカレンに伝えていない。
自分は男で、本当の名前は、別にあることを。嘘をついていることを。
「私はモテるから、本気出せばすぐできるからいーの!今はカレンと遊ぶのが1番楽しいしさー」
「えへへ、うれしいなぁ」
カレンはハルの肩に頭をのせた。ハルが一瞬ビクッとするのがわかったが、そのままでいた。
カレンも、ハルに伝えていないことがあった。本当は気づいていた。隣に座る美しい女性は、自分に嘘をついている。本当は、男で、名前も違う。
カレンにそれを責める気は無い。
その嘘を、利用することを選んだからだ。

恋愛映画が終わり、ハルが次のアクション映画を準備し観始めてからすぐ、カレンは寝てしまった。
「おーい...興味ないにも程があるだろー」
カレンの自分に寄りかかった頭そっと反対側へ倒し、ソファで寝かせる。
「僕が女って嘘ついてなきゃ、食べっちゃってるぞー」
すやすやと無防備に寝るカレンに小さく声をかける。そっと手をカレンの頬に伸ばす。
触れるか触れないか距離で、手を止めた。
「....映画映画」
フッとテレビに向き直り、映画の続きに集中することに切り替えようとした。
映画では、主人公の俳優が車使ったアクションを披露していた。
ハルに思い出されたのは、3年前の記憶。
家族で車に乗って旅先へ向かう途中だった。
『ひどい雨だな』
『大丈夫かな、やっぱ途中でどこか泊まろうか』
運転席と助手席に座る父親と母親の心配の会話をよそに、後部座席ではしり取りに白熱していた。
『る...る........もう思いつかねぇよ!』
『やった、また私の勝ちね!』
『''ハル''強すぎ!プとかルばっかじゃん』
今は自分が名乗っている名を、隣に座っていた人へ呼びかけた。
『お前ら20歳になってもほんと仲良しだな』
『今日は途中でホテルにとまるわねー』
賑やかな車内。ハンドルを握る父親が、ホテルの方向へ右折した。
急に目に前が明るくなった。
『○○○○!!!!!!』
騒音に紛れながら、自分を呼ぶ声が聞こえた。激しい衝撃と痛みが全身を襲った。
目が覚めた時、そこには___________
「....ゃん....ハルちゃん!」
「?!」
寝ていたはずのカレンがハルの顔を覗き込んでいた。
「あれ、起きたの?」
「映画の音にびっくりしちゃった...」
「あー...」
画面を見ると車が大爆発していた。
ハルが3年前の事故を思い出している間に物語は割と進んでいたようだ。
「ボーとしてたけど、大丈夫?」
「んーちょっと眠たいだけ」
「ならいいけど....思い出したかと思ったから...」
カレンが俯きながら小さな声で言う。
その声をかき消すように大きな声でハルは
「なんか思ったより面白くないよこれ!
違うの観よ!」
と笑顔をカレンに向ける。
「ハルちゃんが見始めたやつなのにー」
しょうがないなぁと笑いながらカレンも顔をあげた。

何本かの映画を見終わり、外は暗くなっていた。
「ねぇハルちゃん」
「んー?」
カレンが、晩御飯には配達のピザをチョイスし、メニューを見ていたハルの袖をキュッと掴む。
「....泊まっていい?」
ハルの体が少しの動きも許されないかのように固まる。
「し、仕事は?」
「連休とれたの、久々にお泊まりしたい」
「あー....」
「だめ?」
ハルの顔を覗き込むカレン。すぐにハルは目を逸らしながら、
「まぁ....いいけど、そのかわり」
「やた!!お布団で女子会しようね!」
そのかわり----部屋は別、という言葉を遮られ、言えなくなった。
嬉々としながらピザのメニューを一緒に見る寄りかかるカレンはハルより背が10cm程低い。
(距離、には慣れたけど...)
小さくハルはため息を着いた。
カレンはそのため息が聞こえていた。どうして顔を背けるのかも、触れると強ばるのかも、ため息をつく理由も、頭ではわかってはいた。
それでも、心の何処かで認められないままだった。心が追いついていなかった。
ここにいるハルが、
本当の''ハル''では無いことに。