【完】終わりのない明日を君の隣で見ていたい





 転校初日、最後の授業は、先生が担当する数学だったのだけれど。

「どうしよう、先生がかっこよぎて授業に集中できない……」

 わたしは席に座ったまま、両の手のひらで顔を覆った。
 教壇に立ち、教科書片手に授業を進める先生の立ち姿のあまりのかっこよさに、ノートを取るのも忘れて、まるまる1時間見惚れてしまった。
 かっこいいのだろうなとは予想がついていたけれど、それを優に超えてくる破壊力だった。あんなの、見惚れるなという方が難しい。
 高校生の綾木くんもそれはそれはかっこよかったけれど、大人になり色気と憂いさを増した綾木くんもかっこいいなんて。勝手にかっこよさに磨きをかけちゃってずるいよ。

 余韻が覚めずにいると、今日わたしを仲間に入れてくれたグループのみんなが机を囲んできた。ぽーっと熱に浮かれていたせいで、そのことに気づくのに少し時間がかかってしまったけれど。

「ねぇ、桃ちゃん。もしかして、さきちゃんのこと好きなの?」

 わたしの机の正面に立ったサラちゃんから突然そう声をかけられ、わたしはびくっと肩を揺らし、目を見張った。
 まさかこんなにも早くバレてしまうなんて。

「えっ、そんなことは……」

 こんな一軍女子に初日から目をつけられてしまったら、わたしの学校生活に安息の地はない。
 心が恐怖と不安から萎縮して、きゅーっと小さくなっていく。すると。

「否定したって無駄だよ。もうバレバレ。さきちゃんのことを見る目がハートマークだったもん」
「そんな構えなくたって大丈夫だよ、うちら彼氏いるからライバルにはならないし。あくまで目の保養枠だから」

 続けて掛けられた声に、ほっと胸を撫で下ろす。
 それに、わたしに向けられる視線や声に、攻撃の色は見当たらない。
 キラキラしているというだけで勝手に緊張していたけれど、きっとみんないい子たちなのだ。

「実は……そう。先生、かっこいいなって」

 きっと本音を打ち明けても大丈夫だ。そう判断したわたしは、顔が赤いのを自覚しながらぽつりと肯定する。
 するとみんな、わたしをバカにしたり敵意を向けたりするわけではなく、一緒にはしゃいでくれた。

「わかる! かっこいいよね! うちらも彼氏いなかったら、さきちゃんのこと狙ってるもん」

 先生はというと、多くの女子生徒から囲まれている。授業内容についての質問なのか──いや、それだけではないのは、みんなの目の色を見れば一目瞭然だ。
 けれど、面倒な素ぶりを見せずあしらうこともなく、生徒からの言葉ひとつひとつに真摯に対応している先生。
 高校生の時は他人には興味なしというオーラを纏い、常に人との間に見えない線引きをしていたのに、今の先生を見ていると面倒見の良さが伝わってくる。
 すごいなあ、本当に先生なんだなあ……と、彼の立派すぎる姿にしみじみしてしまう。

 すると、情報通らしいルミちゃんが、潜めた声でわたしに耳打ちしてきた。

「でもね、さきちゃん、相当モテるよ」
「えっ……」
「あのルックスで、クールだけど面倒見もいいし、授業内容も分かりやすいって評判だし、狙ってる女性は教師生徒問わず多数。在学中、女子なら一度は好きになるらしい」
「な、なにそれ……」

 先生がかっこよくて仕方ないという点には充分すぎるくらいに同意だけれど、そんなジンクスはあってはならない。

「ちなみに今彼女がいるかは……不明」
「なっ……」

 その時、「先生、付き合ってよ〜」とタイムリーな話題が耳に届き、黒板の方に視線を向ければ、女子生徒がまさにアタックしているところで。

「なんだ急に」
「先生、理想の彼氏すぎるんだもん!」
「高校生は対象外」

 とりつく島もないほどばっさり切った先生の答えに、わたしまで流れ弾で失恋する。
 するといっさいの流れを見ていたみんなに、かわるがわるぽんと肩を叩かれる。

「がんばれ、桃ちゃん。うちらは応援してるから」
「桃ちゃんのセクシーがあれば、さきちゃんもすぐメロメロだよ」
「ありがとう、みんな……」

 みんなになぐさめられながらも、わたしは遠すぎる先生への距離に項垂れたくなったのだった。