「席つけー」
騒がしい朝の教室に、先生のとおる声がすっと切り込んでいく。すると、それまで各々好き放題に向いていた意識が、教卓前に立った先生へ一気に集中した。
「さきちゃんおはようー!」
「だれだ今余計なこと言ったやつは。内申点引くぞ」
どっと笑い声が溢れた後、多くの視線が先生の横に立つわたしへ向くのが分かった。否応にも肩に力がこもる。
「今日は、SHRの前に話がある。すでに知ってる奴も多いと思うが、今日からこのクラスに新しく仲間が加わることになった。森下、自己紹介して」
先生からバトンを受け取り、わたしの番だ。
新年度の自己紹介が、わたしのなにより苦手な時間だった。たった一言自分の名前を名乗る、それだけで、わたしは吃音の変な奴とジャッジを下される。くすくすと潜めた笑い声に包まれる中、身を竦めて縮こまることしかできなかった。
けれど、今は違う。わたしはもう永藤梅子ではなく、森下桃なのだ。
しんとする教室の中、騒がしい鼓動の音をかき分けるように口を開いた。
「森下桃、です。今日からこのクラスに転入することになりました。お願いします」
深々とお辞儀をした途端拍手に包まれ、込み上げてくる感動と拍手の渦に溺れそうになる。顔を上げれば、教室中から温かい歓迎の眼差しが向けられていた。
「よろしく!」
「ようこそ、桃ちゃん!」
飛び交う声に、思わず頬が綻び笑みが漏れる。
身を縮こまらせて教室の端っこで息を潜めていた梅子はもういない。
今日から新しい人生をリスタートするのだ。