すると、耳のすぐそばから、けろっとした声が聞こえてきた。
「なに言ってんすか。森下サンも賛成してますけど」
「えっ」
ぎょっとして、そんなことは言っていないと反論する前に、皇くんが声を被せてきた。
「なあ? 森下サン?」
そして、わたしにしか見えない角度で、至近距離から笑顔の圧をかけてくる皇くん。へらへらした胡散臭い笑顔は崩していないのに、目がちっとも笑っていない。その眼差しに本能が悟る。これは変に逆らったりでもしたら命が危ぶまれると。
腕の中に囲われ物理的にも精神的にも逃げ場を失い、まさに蛇に睨まれた蛙だ。
「な、あ?」
「は、はい……」
念を押すように言われて情けない声を喉の奥から絞り出すと、皇くんは満足そうに鼻で嗤い、顎を上げて先生を見返す。
「ほら、このとーり。同意ならいいっすよね」
すると先生は表情を崩さないままさらりと答えた。
「それなら構わない。それじゃ頼んだぞ。皇、森下」
「せ、先生、」
了承を得たのをいいことに引き寄せる腕にぐいっと力がこもり、頬と頬がくっついてしまうのではないかというほどさらに距離を近づけてくる皇くん。
「だってよ、森下サン。体育祭委員頑張ろうぜ、ふたりで」
なにかを企んでいるとしか思えない笑みを向けられ、背筋に氷を流し込まれたかのような悪寒を覚える。接点などほとんどと言っていいほどないのに、この仕打ち。気づかないうちに、なにかしでかしていたのだろうか。
悪魔だ。悪魔がここにいるのですが。


