無理に微笑んで答えれば、先生がまどろんだ瞳でわたしを見つめたまま手を挙げて頬をそっと拭った。

「お前のこれ、どうしたら止まってくれんの」

 深い海をそこに宿したかのような先生の瞳の奥が、ゆらゆらと揺らめいている。
 わたしは込み上げてくる涙の気配をぐっと飲み込み、声を繋いだ。

「それは、あなたが幸せになってくれたらです」

 頬に添えられた先生の手に、そっと自分の手を重ねる。細い指を伸ばした冷たい手は、大きくなったけれど綾木くんの手に違いなかった。

 先生はわたしの答えを聞きながらも、いっそう眠そうに睫毛を揺らす。

「森下の言うことは、むずかしい、な……」

 ゆっくりになっていく唇の動きと共にその声は徐々に眠気の波にさらわれていき、やがて瞼は完全に閉じられた。そして凪いだ寝息が小さな部屋に控えめに響く。

 ぽた、と瞳に溜まって限界を迎えた涙の粒が、また先生の頬に落ちた。

「……幸せになってよ、綾木くん」

 ぎゅうっと先生の手を握りしめ、祈るように呟く。
 なにが君の幸せなのか分からないけれど、大好きな君には世界で一番幸せになってほしいんだよ。




 ――翌日、先生が土下座をして謝り倒してきたのは言うまでもない。
 先生はなにか変なことを言ってなかったかと心配していたけれど、あの日の先生の言葉はわたしの胸だけに秘めることにした。
 そして同時に、わたしの胸の中で徐々に膨らみ輪郭を持ちつつある気持ち。けれど今はそれを見て見ぬふりをした。