「自分から今の幸せを手放すっていうの?」
天使の声は動揺からか、ヒステリックな鋭さをはらむ。
天使の言うとおり。この世界は、桃の人生は、幸せばかり。梅子と違って吃音症はないし、おまけに美人。サラちゃんや皇くんたち、たくさんの友人に囲まれて、学校にも居場所がある。
だからずっと、今のこの温かい幸せを手放すのが怖かった。身を縮こまらせて生きる弱虫な梅子に戻る勇気がなかった。
でも、だれより大切な人が、なにもない地味で平凡な梅子を望んでくれた。それだけでわたしにとっては、生きる価値に値するから。
桃という、なにもかもがあって恵まれた人生。
でもわたしは、大切な人を自分の手で幸せにできる人生の方がいい。
あの日に置き去りにしてしまった綾木くんを救えるのなら、言いたい。わたしはずっとここにいるよと。一番大切な人を深く傷つけ、独りにしてしまった過去を、わたしはやっぱり見ぬふりはできない。
「わたしの幸せは自分で掴む」
「……」
「あの日の綾木くんを助けに行きたいの」


