綾木くんはめったに笑わないクールな人だけど、決して冷たい人ではなかった。

 綾木くんの大事な試験の日。わたしは不器用ながらも、手作りのお守りを作ったことがあった。
 その日は雪が降っていたのを、今でもよく覚えている。
 土曜日で高校は休みだったため、朝のうちに綾木くんの住むマンションを訪れた。
 けれどいざチャイムを鳴らそうとすると、こんな不格好なお守りなんて押しつけたって迷惑かもしれないという不安に駆られ、わたしはその場に立ち尽くした。
 いつもそう。相手のためを思って行動しても、空回ってしまうのがわたし。綾木くんにまで迷惑がられてしまったら、立ち直れないかもしれない……。

 すると、突然目の前のドアが開いた。そして身を隠す間もなく、ドアの向こうから部屋着姿の綾木くんが現れる。

『梅子』
『あ、あ、あっ、あ、綾木くん、ど、どどうして』
『窓からお前の姿が見えたから。っていうか、どうしてはこっちの台詞なんだけど』

 ごもっともな指摘に、かーっと頬が紅潮する。
 ああ、穴があったら今すぐ入りたい。やっぱりこんなことするべきじゃなかったのかも……。
 そんな後悔が押し寄せてくるけれど今更逃げ場はない。ぎゅっと唇を噛みしめ、それから覚悟を決めて、手の中に隠していたお守りを差し出す。
 オレンジ色のフェルトに〝お守り〟の文字の刺繍が施されたお守り。徹夜して作ったのに、こんな出来のお守りしか作れない自分が恥ずかしい。

『こっ、こ、これ、つつ、作ったの』
『俺に?』

 お守りを受け取り驚いたような顔をする綾木くんに、わたしは何度も首を縦に振る。
 すると何秒かじっとお守りを見つめ、それから視線はお守りに落としたまま唇だけを動かした。

『さんきゅ』

 それはクールな綾木くんらしい反応だったけど、それが妙に嬉しかったのを覚えている。
 不格好でみすぼらしいお守りを、綾木くんは貶したりせずに受け取り、そしてありがとうまでくれたのだ。

 ――ここから入ってきてはいけないと、そんな境界線を感じたことはなかった。
 けれど、わたしが過ごしていない時間を経て、綾木くんは大人になってしまったのだ。
 突きつけられてしまった。先生はもう、あの頃の綾木くんじゃないと。
 手を伸ばしても手を伸ばしても、まるで空を切っているみたいになにも掴めない。
 だけどそんなに遠くに行かないでよ、綾木くん。