濡れた髪をハンカチで拭きながら先ほどまでとは一気に変わり果てた景色を見つめ、思わず呆然としてしまう。山の気候は変わりやすいと聞いたことはあるけれど、こんなにいきなり降ってくるとは。
その時、ジャージのズボンのポケットの中でスマホが振動し、電話の着信に気づく。だれからだろうとディスプレイを確認してみると、そこに表示されているのは柳さんの名だ。
柳さんとは、先生と同居中に連絡先を交換したけれど、実際に連絡をとったことはなかった。意外なその名前に、不思議がりつつも電話に出る。
「もしもし」
『あ、もしもし? 森下ちゃん?』
電話が繋がった途端、食い気味に聞こえてきた切迫した様子の声に、なんだか嫌な予感を覚える。
すると継いだ柳さんの声は、やはりその名を呼んだ。
『今日、山林学校だよね? 今ニュースで、そっちの方雷がすごいって天気予報見たんだけど大丈夫? 綾木、近くにいる?』
「先生……?」
問われてあたりに視線を走らせるけれど、調理場に先生の姿は見当たらない。
「いないです」
その時、また大きな雷鳴が地面を割らんとする地響きのように豪快に轟く。
『いないか……。実は綾木の彼女が亡くなった日、雷鳴っててさ。それからあいつ、雷にトラウマがあるんだよ。屋外で活動するって聞いてたのと電話が通じないのとで、お節介かもしれないけど少し心配になっちゃって……』
「え……」
『でもきっと違うところでなにか作業でもしてるんだろうしな。ごめんね、変な心配かえちゃって』
「いえ……」
『じゃあ、綾木に会ったらよろしく言っておいて』
やがて通話が切れると、スマホを持った手をだらんと落とした。


