「あーあ。うちらのサキちゃんが4組にとられたー」

 宿舎に到着し、カレーの具材を切りながら、同じ班の大出さんが不満の声をあげた。包丁を振り下ろすその力は明らかに強く、ダンダンと鈍い音が響き渡っている。

 ここに来るまでのバスはクラスごとに別れていて、先生はバス酔いしそうな生徒がいる4組のバスに付き添いで乗車することになったのだ。そして4組女子たちは先生をすっかり気に入ったらしく、宿舎に着いてもがっしりと捕まえて離れようとしない始末。
 そうこうしているうちに、林間学校始めのイベントである野外での夕食作りが始まった。

 夕食は5、6人ずつのグループに分かれ、各班、自由にカレーを作る。わたしの班は、わたしと皇くんと男子ふたり女子ふたり。

 大出さんの不満を耳にしつつひとりでお米を水道で洗っていると、大量の具材を持ってきた皇くんが、隣の蛇口を捻りながらこそっと耳打ちしてきた。

「大変だな、綾木がモテモテで」
「まぁね……。先生、かっこいいから仕方ないよ」

 今日は一度も目が合っていない。今日というよりも正確には、自分が死んだ理由を知った日からずっと、わたしが先生の目を見られていない。
 けれどこの距離感で、今はまだちょうどいいと思ってもいた。好きでいると腹は括ったものの、それはあくまで自分の身の振り方であって、本人を前にしてへらへら笑うことのできる心の余裕はまだない。