そんな光景の中、わたしは先生のことばかりが気になってしまう。こころなしか覇気がないように見えるけれど勘違いだろうか。
 小さく咳をしている先生をじっと見つめているわたしに向かって、背後からいきなり低い声が降ってきた。

「はよ、桃」

 聞き覚えのあるその声に、一瞬ドキッとして肩が強張る。

「お、おはよう、皇くん……!」

 先日の告白を思い出し、いつもどおり振る舞わなければと笑顔を作って振り返る。すると手が伸びてきて右頬をつままれた。

「一丁前に意識してんじゃねーよ」

 皇くんに言われて気づく。いつもどおりを意識しすぎて、かえってぎこちなくなってしまった。皇くんに悪いと思うその気持ちこそが、なにより皇くんに失礼だ。

「ほ、ほへん……」

 謝ると、皇くんはその空気を断ち切るみたいににっと白い歯を見せて笑った。

「ぱーっと楽しむぞ」
「うん!」

 皇くんに真正面から救われてしまった。これから皇くんとどうなるか不安だったけれど、それは呆気なく杞憂に終わった。
 皇くんにつられ、笑みがこぼれる。

 こうして若干の騒ぎはありつつも、林間学校は幕を開けた。