――そして、あれはいつかの放課後のこと。
教室に向かうため廊下を歩いていた俺は、角の向こうから聞こえてきた声に足を止めていた。反射的に壁に身を潜める。会話の中に俺の名前を拾い取ったからだ。
『綾木って正直一緒にいてもつまらねぇよな。すかしてるっていうか』
『あいつといれば女子が近寄ってくるんだから、しゃーないだろ。便利だから利用させてもらおうぜ』
『あいつと顔面、交換してほしい。綾木って、人生超イージーモードなんだろうな~』
窓を打つ雨音に交じって聞こえてくる、冷やかしや嘲りを意識下に潜めた話し声。いつもつるんでいる奴らだった。
俺に対してフレンドリーに接してくるくせに、裏ではそんなことを思っていたなんて。俺は知らず知らずのうちに下唇を噛みしめていた。
まわりは俺自身ではなくステータスを見ている。そのことに気づいたのは、もう覚えていないほど昔のことだ。
そんなのはもう慣れていたはず。いちいち真に受けていたら身がもたないと知っているから。だからだれかと深く付き合おうとは思わなかったし、上辺ばかりの付き合いを続けてきた。
それなのに、自分が中身は空っぽの器のように思えて無性に胸をかきむしりたくなるのはなんでだろう。
ここから今すぐ立ち去るため、踵を返そうとした時。
『あ、あ、あのっ! ああ、あ、綾木くんにだって心はあります……!』
雨音を遮るようにして耳に届いた声に、俺は足を止めていた。
短音を繰り返すその声の主を俺は知っていた。梅子だ。