マンションに帰りドアを開けると、玄関の前に白く光る人影があった。それは、目を覚ました時に会った天使だった。
 立ち尽くすわたしに向かって、天使は静かに口を開いた。その顔は今起きたことのすべてを知っているかのように、苦痛に歪んでいる。

「……桃――梅子」

 天使の声がわたしを呼んだ瞬間、玄関に膝から崩れ落ちた。それまでなんとか自分を繋いだものがぷちんと切れて、体全体から力が抜けた。呆然とし、涙も出てこない。

 行き場がなく追い込まれきったあの時の気持ちが、心を圧迫する。
 けれどそれよりも、彼の気持ちを思えば思うほど胸が張り裂けそうで息が詰まりそうになる。
 まさかわたしが綾木くんの手を離したなんて。

「……あんたが今、生まれ変わってあの日の記憶を失っているなら、このままの方がいいと思った」

 真っ暗な部屋の中、天使の声が響いて、より心にダイレクトに刺さってくる。

「おかしいとは思ってた。あんた、目を覚ましてからずっと、死んだ自分に戻りたいって言わないし、元いた世界にちっとも執着しないから」

 ぼーっとしたまま頭がうまく動かない。真っ暗な虚空を見つめていると、不意に体が震え、一気に感情が爆発した。

「ふ、うう……」

 好きだ好きだと言いながら、綾木くんのことをちっとも信じてあげられていなかった。だからわたしは綾木くんの手を離し、今も囚われ続けるほど深い罪の意識を植え込ませた。孤独に置き去りにした。
 わたしのせいで綾木くんは何度泣いただろう。何度自分を責めただろう。

「ああああああっ……」

 わたしは憎しみと後悔のすべてを吐き出すように泣き叫んだ。

 先生の――綾木くんのそばにいる資格があるのだろうか。彼の心に、深い深い傷と罪悪感を刻みつけたわたしに。