まっすぐに伸びた鼻梁に、形の良い唇。そして長く量の多い睫毛が縁取る形のいい瞳に、物憂げささえ印象づける左目の下の泣きぼくろ。

 やっぱりかっこいいな、綾木くんは……。

 椅子に座って小説を読む姿さえ洗練されて見える彼に、わたしは思わず見惚れてしまう。こうしてじっと動かないでいると、神様の手によって精巧に作られた陶器の人形のようだ。
 一日に何度も確かめたくなってしまうほどの信じがたい事実だけれど、このかっこよすぎる彼──綾木紗生(あやぎ さき)くんは、わたしの彼氏だ。
 綾木くんは校内でも類を見ない人気を誇る有名人。クールで人に媚びない性格で、きゃーきゃー騒がれることをあまり好んでいないようだけれど、彼はその存在だけで人を惹きつけてやまないのだ。

「梅子。手止まってる」

 手元の小説に落としていた視線を、こちらに向けてくる綾木くん。もう何時間も34ページの2行目で止まってしまっていた。綾木くんにすべての意識を奪われていたせいで。

 今は放課後のデート中。図書室でふたりきりの読書会だ。

「ご……っ、ごご、ごめん」

 たった一言。〝ごめん〟を言うだけのはずなのに、わたしの口はみっともなく口ごもってしまう。簡単な言葉さえすんなりと話すことができない自分のことを、心の中で恨みがましく思う。
 吃音症と診断されたのは、小学校にあがる前のことだった。家族と話す時は症状は出ないけれど、人前に出て緊張をすると言葉が出てこなくなってしまうのだ。

 吃音症のせいで、わたし――永藤梅子(ながふじ うめこ)は小さい頃から様々な弊害を受け苦しんできた。

 吃音症とは、言葉が円滑に話せない病気だ。症状にはいくつかのタイプがあるようだけれど、わたしの場合は言葉の頭文字を連続して発してしまうタイプだ。

 いじめというものの線引きはわからない。
 けれど小学校や中学校の時は吃音の症状のせいで気味悪がられ、特別害が与えられるわけではなくとも空気のように扱われた。いてもいなくても変わらない透明人間だ。そんなわたしの唯一の友達は、異世界に連れて行ってくれる本だけだった。

 高校では、前髪を伸ばし話しかけにくい雰囲気を作ることで、吃音の症状が出る前に自分から世界を遮断した。だれかから故意に阻害されるのと自分から孤立するのでは、心が負う傷の大きさが全然違うからだ。
 けれど結果的に、小学校や中学校よりもカーストというピラミッドの影響が大きい高校という世界では、わたしはその最下層に組み込まれることになってしまったのだけれど。その最下層がどれだけきつい風当たりにさらされるか、わたしは入学するまで知る由もなかった。