この時もキミは「信用がないこの人が悪い」と早々に罪悪感を処理して、次の罪を重ねた。


「なんか食べない?」


地下鉄の車内、キミの目の前でつり革を掴む男に言った。キミはお腹なんか空いていなかった。しかし、「なんか食べない?」と言うことでお腹が空いたように感じ(気のせいだ)、罪悪感が薄れた。


「あ、なんか食べる?」


気を利かせた男が言う。その男の優しさにキミは甘えて、もう自分が嘘をついていることなんか忘れかかっていた。


「この辺りで安くて美味しいお店、わかる?」


「正直わからないんだ。本当にこの辺には来ないからね」


男がつり革から手を離した。窓外の景色、暗い暗いトンネルから抜け出して、明るい。まるで天に昇るような気持ちに男はなった。キミの場合は、きっと地獄。


余裕のない人間はいつだってそうさ。綺麗なものが見えなくなる。