思わず鼻を塞ぎたくなる様な腐敗臭は、どこか懐かしい。



手に握るのは誰のものかも分からない血で染まった大剣で、目の前には悲惨な光景がどこまでも広がっている。



何故、私はこの様な場所にいるのか。



もちろん違和感は感じたけれど、それよりもこの光景を見て私は、



『帰って来た』



そう思ってしまった。





「いきなり立ち止まられて、どうされましたか?」




薄れゆく意識の中、聞こえた男性の声に反応して咄嗟に後ろを振り返る。



そこには返り血を浴びた少年が、剣を握り凛と立っていた。



『貴方は……』と口を開く前に、どこからか情報が頭の中へ押し寄せてきた。



この人は、ジェット。


信頼出来る私の片腕的存在。



そして、今は戦争の真っ只中。



(私に………そんな存在はいないはずなのに…)



私の意思とは関係なく、口元は勝手に動く。


「…敵の大将の姿が見えない」


聴覚、嗅覚、視覚共にはっきりしているのに、私は第三者としてその光景を呆然と眺めている。


「この戦況、どう見てもこちらが優勢なのは馬鹿でない限り向こうも気づいているでしょう。仲間を置いて逃げた可能性もありますね」


「…仲間を置いて逃げるなんて、上に立つ者として神経を疑うわ。まだ近くにいるかもしれないから、わたくし達は向こうへ行きましょう」


「はい」


どこからかやって来た愛馬の上にまたがると、少年と一緒に林の方へと向かう。


幾度となく駆け回った戦場。

いつ命を落とすかも変わらない緊張感。


(私は………)


思い出した。


(私は、リティ……。リティ・ジェシカ・アデリカル)


アデリカル王国第一王女にして、戦場を駆け回る戦士だ。


「リティ様!!あそこに…っ!」

ジェットの言葉で背中に担いでいた弓を取り出すと、狙いを定める。


「彼らに神の制裁を…っ!」


弓がしなり、手を放した瞬間鋭い矢が相手目掛けて一直線に向かう。


心臓を射られた敵は抵抗する事なく馬からずり落ち、地面へ転がる。


私は王国を守る為に、数多くの敵の命をこの手で奪って来た。


皆からは聖女などと謳われていたけど、本当は聖女なんかじゃない。


この様に手が血で塗れた聖女なんて、いるはずがない。


「首を…切らないとね」

剣の刃を首に当てる。

敵を討つのとはまた違った、気の重いこの作業。


「…俺がする」