何もなかった?


そんなわけない


躯が覚えてる


熱くて火傷の跡みたいにジンジンして


「奈生ちゃん…どうしたの?」


甲斐さんがジャケットを椅子にかけてネクタイを緩めた


それなのに


目の前にいるのは私の彼なのに


部屋に微かに残る煙草の香り


それに反応してクラクラする


助けて…


お願い…


「…奈生ちゃん?」


目の前の淡いピンクのシャツに手を伸ばし


爽やかな香水の香りの胸におでこをくっつけた


全部…消してください


匂いも快楽も…何もかも全て…


「…どうした?」

『………』


甲斐さんの指が優しく髪を撫でてくれる


そのまま頬を包み込んだ


それさえ


あの人と比べてる


怖くて…


ギュッとシャツにしがみつくと


「…お試し期間終わりだよ」


あっ…


頬をなぞって


優しい唇が重なった


『………』


このまま忘れさせて…


私の中のあの人を消してください


甲斐さんの唇がそっと首筋をなぞって


ぴったりと止まる


顔をあげて私を真っすぐ見つめてから


さっきよりも激しい深いキスを落とされた


甲斐さん…