「やっと目が覚めたかい?アリス」
目の前に座った男の子が、優しげな笑顔で尋ねた。


「アリ……ス?」

「そうだよ、君はアリスだ。目覚めの気分はどう?」


わたしは困って、辺りを見回した。

建物は半分地下になっているのか、四角く切り取られた中庭に、柔らかな午後の日差しが影を作っていた。


「アリスはまだ目覚めたばかり。そっとしてあげるのが、優しさってものだわ。デリカシーのないウサギね」

不機嫌そうなウエイトレスが、私の前に紅茶を置いた。

「また、妙なアリスを拾ってきたものね」と、ウエイトレスがウサギの前に湯気のたったミルクを置いた。


「あの……。わたし…」

「なにかしら?ああ、そう言えば、まだ紅茶は嫌いだったのよね」

黒い制服の胸元に青いリボンを揺らして、ウエイトレスがそう言った。言っただけで、紅茶を下げてくれる気はないみたいだ。


「デリカシーがないのは、黒猫も同じだと思うけど」

片肘をついて、ウサギが黒猫を見上げた。黒猫の青いリボンが揺れる。

「デリカシーの前に、あたしはプロですから」

やっぱり不機嫌そうに黒猫はそう言って、テーブルを離れた。


「どうやら本当に、アリスは僕のことも覚えていないらしい」

気付くとわたしをじっと見つめていたウサギが、ポツリと言った。


わたしは曖昧な笑みを浮かべて、紅色に透き通った液体に視線を落とした。

紅茶は、嫌いだ。でもどうして黒猫は、そんなことを知っていたんだろう。