禁猟区のアリス

17(了)

黒いパーカーにジーンズ。足元は素足に下駄という奇妙な格好をしたその客は、右目に白い眼帯を貼っていた。


「あの子供は、一命を取り留めたそうだ」

アンティークのソファーに深々と腰を下ろして、眼帯の客が言った。


「僕としては……。そっか。あの子は新しいパパを許してしまったんだね。……そうなるとは思っていたけどさ」

「相変わらずだな、ウサギは。結局、あの二人の人生が交換されたとしても、義父が娘を溺死させるのは、定まっていたことなのだろう?あの時点ではすでに」


そうだったかな?とウサギはトボケて聞き返した。

「僕は無責任な第三者が嫌いなんだ。もし、あの親子が入れ替わって、被害者が加害者になったとしても、それでも世間は可哀想だって言うのだろうか?ハスミ、君はどう思う?」

ウサギはスクラップブックのページをめくりながら尋ねた。


「さあな。俺にはわからん。そういう話しは、先生にでも聞いてみろ」

「えー。やだよ。僕、古い本のニオイって好きじゃないんだ」


「お前らしい。まあそう言わず、たまには顔を出してやれ。先生も心配しておられた。憎むのは罪だけにしておけ、とな」

それだけ言うと、眼帯の客は席を立った。

お見通しかよと不貞腐れたようにウサギが言う。


銀のお盆に湯飲みを乗せた黒猫が、驚いた顔で客を見つめた。

「もう帰るの?ハスミ。もっとゆっくりしていけばいいじゃない。そろそろティータイムのサンドイッチができる頃だわ」


「すまんな、黒猫」

客は黒猫の頭を軽く撫でて、微笑んだ。

「今は先生からの頼まれごとで忙しくしていてな。落ち着いたらまた顔を出すよ」

そう言うと客は、黒猫の耳元に口を寄せた。


「今回は娘の恩情で義父の罪は許された。だがもし娘がウサギに乗せられていたら、二人ともが子殺しの罪を背負ってしまうところだった。ウサギにはウサギの正義があるのだろう。だが、憎むのは罪だけで良いはずだ。アイツが無茶をしないように、見てやって欲しい」


黒猫は白い頬をほんのり紅く染めて頷いた。

それを確認して客は、来た時と同じように深海を思わせる青い扉から出て行った。


ウサギは不機嫌そうに頬を膨らませて「ホットミルク」と黒猫を呼んだ。


「お生憎様。ホットミルクは品切れです」

黒猫は客の出て行った青い扉をじっと見つめたまま返事をした。


丸い鳥かごの小鳥だけが、楽しそうなメロディーの唄を繰り返しさえずり続けていた。