コードを打ち込み終わり、何度か聞き流してミスが無いのを確認、マイクを準備すると歌レコをはじめた。




--誰も見てなんていないから

--誰も気にしてなんていないから





--走って行かなくていいよ

--前さえ向ければ それでいいの

--無理して行かなくていいよ

--君が居ればそれだけでいいから




"彼女"だけ居れば、それでいい。

"彼女"の音が聴ければ、


それだけでいい。




レコーディング終了ボタンを押す。
ふう、と一息つけば、部屋のドアが開いた。

「おい、勝手に入んなって。……って」

比井野は、ポリタンクを持ってきていた。

「ああ、すまない。失礼します」
「なにして……」
「給油してます」
「見りゃわかる。なんで、」
「寒そうでしたので」
「……ほっとけばいいだろ、死ぬわけじゃあるまいし」
「都会のマンションと違って山奥は冷えやすいです。気を付けないとすぐ体壊されますよ」
「……こんな体、どうだっていい」

ぽつりと、そう、呟いた。
左手首を、ぎゅっと押さえた。
それだけで痛みを感じる理由は、わかっている。


「(これは、ただの幻覚)」


傷は、うっすらと見える程度。
そんな古い傷に、一体僕は、


「いつまで怯えればいいんだよ……」


思わず溢れた声は、同じ部屋に居るあいつには幸い、届かなかった。


「よし、温まるまで少しかかるのでそれまで居間へ行きましょう。夕食の時間です」
「……お腹すいてない」
「少しでいいので食べてください。聞いたところ、ここ最近ずっとまともに食べていないそうで?」
「仕方ないだろ、お腹すかないんだから」
「八雲さん達も心配していました」
「……どうだか」

でも比井野の言う通り、本当は、寒い。
心が寒いだなんて、つまらない話だ。